8年前に東京で行われた女将研修会で知り合った東北の温泉地の女将から、今月の初めに年賀欠礼状が届いた。社長を務めておられたご主人に先立たれたことが書かれており、びっくりして心配になった有美香は彼女の旅館に電話を掛け、「女将さんを」と伝えると有美香との関係を知る事務所のスタッフが、「実は、女将は体調に異変を来して入院中なのです」と言われた。
ご主人が亡くなられたのは初秋のことだったが、悲嘆に暮れられる心因性のことからかもしれない想像しながら、一度お見舞いに行こうと考えた。
数日後、在来線の特急で東京駅まで行き、山形新幹線に乗り換えて目的の温泉地へ向かった。夕方に到着したが、駅前のビジネスホテルに宿泊して次の日に病院へ行くことにしていた。
事務所スタッフが病院のアクセスや見舞いの時間を確認してくれており、特別な関係があれば午前中でも可能となっていた。
ビジネスホテルからその病院まではタクシーで10分ほど。県立病院なのでかなり大規模な病院だった。
受付で書類に記入して病棟へ行ったが、有美香が見舞いに来ることは伝えられていなかったので彼女は恐縮して「遠い所からごめんなさいね」と涙を潤ませて喜んでくれた。何の病気か分からないので見舞いの品は止め、現金で「お見舞い」というかたちで包んで行ったが、固辞して中々受け取ってくれなかった。
2人の会話はご主人のご逝去の話題から始まったが、この病院で大きな手術を受けてもどうにもならないという心疾患の急逝だったことを知った。
まだ還暦を迎えていないので有美香も衝撃を受けたが、しばらく話し合っている時に看護師さんが来室。午後から受ける検査の説明を行ったが、途中で病名に触れるところで躊躇、それは患者のプライバシーに抵触する問題でもあったからだ。しかしそんな配慮に気付いた彼女は「この人は身内なの。病名が分かっても問題ないから」と言葉を挟み、説明された内容から彼女の病気が只ならぬ難病であることを知った。
「いっぱい検査を受けている中で病名の可能性が出て来たの。『クッシング病』というそうで、娘がネットで調べてそこにプリントアウトしてくれたものを読んだけど、初めて耳にした病名で困惑しているのよ」
そんな病名は有美香も初めて聞いたもので、彼女が読むようにと見せてくれたプリントに目を通すと、かなり厄介な病気で、併発する危険性のある病気が様々で、彼女の心中を慮ると有美香も涙が流れて来た。
「でもね、今日の午後の検査で陰性か陽性かが判明するそうで、主治医の先生は『恐らく陰性だと思っています』と言われていたので一抹の救いがあるの」
話し込んでいた時、職員の方が来室されて昼食を持参したが、病院食は管理栄養士が病気に合わせてメニューや味付けを変えているので、減塩されているところから薄味で美味しくないと嘆く彼女だった。
遠慮せずに食事を始めてねと伝え、互いの旅館の現況についての話題となったが、現在娘さんが若女将を務めており、お客様の受けもよいみたいで期待していると結んでいた。
食事が終わって30分ほど経った頃、看護師さんが来室されて検査室へ向かうことになったが、それを機に「また来るね」と励ましてタクシーで山形新幹線の駅に戻った。
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