女将の香苗夫婦には2人の子供があった。長男は大学を卒業してホテル専門学校を経て交流のある旅館で研修を目的に勤務中だが、来年には結婚する予定となっている。
長女は県内にある別の旅館の後継者と結婚して若女将として日々を過ごしているが、誕生した女の子がもうすぐ3歳になる可愛い盛りで、香苗の夫は孫命みたいな最近の行動となっている。
香苗は随分昔に掲載されていた新聞の読者投稿欄の内容が印象に残って今でも憶えている。それは「アンパンマンさん有り難う」というタイトルで書かれた高齢の女性の投稿で、共稼ぎの息子夫婦に頼まれていつも孫の面倒を見ていたそうだが、泣かれたりぐずったりするとアンパンマンのビデオでご機嫌を取っていたそうで、その孫も小学校へ入学することになりましたとあり、振り返ってアンパンマンに感謝をしている言葉が綴られていた。
香苗夫婦の孫もアンパンマンが大好きで、夫がアンパンマンのおもちゃを購入して来て宅配便で送っており、娘から「家の中がアンパンマンだらけよ」と電話があったことも最近だった。
そんなある日、娘が孫を連れて2日間里帰りすることになった。嫁いでいる旅館の女将からも「偶には実家で過ごしたら」と勧めてくれたそうでそうなったものだが、夫が想像もしていなかったことを言い出した。
アンパンマンの作者である「やなせたかし」さんの故郷である高知県土佐山田市に「アンパンマンミュージアム」があるそうで、一緒にそこへ行く1泊旅行をしようと提案したのである。
香苗が賛同するよりも娘の意見が優先されるべきだが電話連絡した結果で分かったのは「全額負担をしてくれるならいいわよ」という娘らしい割り切った答えだった。
「じゃあ行こうと」ネットで調べ出した夫だが、次の日には列車のチケットや宿泊するホテルの予約も済ませていた。
岡山駅に出て利用した特急列車は「特急 南風」だが、それはアンパンマン列車として運行されている列車で、外観、車内の天井、シートなどすべてにアンパンマンのキャラクターが描かれていた。
土佐山田駅から乗車するバスもアンパンマンキャラクターが描かれたもので、同じ目的地に行く子供達が嬉しそうに乗車していた。
ミュージアムは立派な建物で、30分に1回程度屋上からアンパンマンが手を挙げて出現する仕掛けがあるし、広い庭には様々なキャラクターの石材物が並んでいた。
入場券を購入して館内に入ると孫がびっくりして足が震えて興奮しているみたい。それは吹き抜けの天井から吊るされている大きなバイキンマンの存在で、そこから館内のコーナーを見学して行った。
孫が最もびっくりした様子を見せたのは大きな画面の映像で、別のカメラが来場者を撮影して、それを映像の中に映し込むシステムで、キャラクターと自分の姿が並んで映っているので驚いているのである。そこはパン工場の設定になっていたが、そこから進むとありとあらゆるアンパンマングッズがガラス張りの中に並んでおり、孫が自転車を見て「あれが欲しい」と強請っていた。
美しく描かれた「やなせたかしさん」絵を展示しているコーナーもあったが、そこで氏の優しい人柄を感じることになった。
見学が済んで館外に出たら隣接ホテルがあって、そこのレストランで昼食をすることになった。孫は「お子様ランチ」だったが、器からナイフ、フォークは勿論アンパンマンキャラだが、御飯用のふりかけまでアンパンマンだったので徹底していた。
その日に宿泊したのは海辺の高台にあるホテルだったが、昼間の興奮からか寝付きが悪くて娘が困っていたが、計画をした夫は「してやったり」というよう表情を見せていた。
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