チェックアウトのお客様を全てお見送り、女将の紀和子がフロントスタッフと今日のお客様の予約表に目を通していると2人連れの男性が来館。ポケットから警察手帳を取り出して隣接する県警からやって来たと説明した。
来館の目的は先月の下旬に宿泊していなかっただろうかという捜査で、ちょっと写りの悪い写真を見せられた。
「先月にこの温泉地の旅館やホテルも調べたのですが、こちらが抜けていたみたいで念のためにということで」
そんな事情を説明されたが、紀和子の旅館に捜査員がやって来なかったのはこの旅館が超高級旅館で、事件を起こして逃亡したという犯罪者がこんな旅館を利用する筈はないという刑事達の勝手な思い込みが生じ、駅周辺のビジネスホテルを中心に調べた後、この温泉地のホテルや旅館も調べたらしいが、その時に紀和子の旅館だけが対象から外されており、もう一度足取りを調べてみようということになった中でこの旅館が未調査だったことが判明したそうだ。
県警の刑事がやって来るというのだから刑事事件であることは明白だが、そんな犯人がこの温泉地に訪れていたと考えると気持ち悪いが、まさかと思いながらその写真を確認した紀和子の目が点となった。
各部屋に参上してご挨拶をしている紀和子だが、このお客様は女性連れで宿泊の1週間前に男性からの電話予約で連泊を希望されたので印象に残っており、当日は女性が先にチェックイン、それから1時間ほど遅れて男性が到着したことをフロントスタッフも憶えており、その写真を確認して「間違いなく連泊されたお客様です」と断言した。
「連泊?2日間ここに潜んでいた訳だ。道理で駅や国道の検問の網に掛からなかった筈だ」
年上の刑事がそう言って悔しそうな素振りを見せ、「彼らが書いた宿帳を見せて貰えませんか」と頼まれ、事務所から先月の宿泊者名簿をフロントのカウンターの上に置き、早速その日のページを開けたら、そこには伴っていた女性の名前が書き込まれており、住所と電話番号も記載されていたが、若い刑事が「二通り考えられますね」と言って手帳を開けてメモを始めた。
二通りというのは「でたらめ」というのが一つで、もう一つは書き込んだ女性が相手がそんな犯罪者である事実を知らなかったということで、自分の住所や電話番号をそのまま正直に記入しているというものだったが、2人の刑事が帰ってから2時間ほど経った頃にその刑事から電話があり、調べてみたら意外な結果が判明したと報告があり、女性が全く事実を知らなかったみたいで実際の住所と電話番号だったことから犯罪者の足取りも判明、その地の警察署から動いた刑事達で身柄を確保することに至ったそうで、協力に対する丁寧な御礼の言葉で結ばれた。
この旅館を選択したのはその男性だったが、彼女は彼が昔から通っているスナックのママで「競馬で予想外に儲けたから温泉に行こう」と誘われたらしいが、
この犯行は計画的だったと分かり、フロントスタッフと顔を見つめ合い、「ホッとしたわね」と紀和子が安堵感の表情を見せた。
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