源泉が枯渇してしまったのに温泉と偽っていた宿泊施設が内部告発から表面化、ニュースに大きく採り上げられたところから一気に客が激減し、しばらくして閉業を余儀なくされた出来事が数年前にあった。
また、源泉の湯が白っぽいのが売り物だったのに、徐々に透明になって来ていることに危機感を抱いた女将が乳白色になる入浴剤を投入していて問題になった事件も起きている。
そんなことからすると嘉美奈が女将をしている旅館がある温泉地は恵まれており、江戸時代から脈々と豊富な湯量が湧出しており、その独特の乳白色の湯に人気が高かった。
温泉旅館にも様々あり、部屋のバスルームの湯も温泉になっているところもあれば、部屋は温泉でないところもある。嘉美奈の旅館の部屋風呂は温泉ではなく、スタッフとその対応について検討している問題があった。
これまでにご利用くださったお客様の約半数は部屋風呂を利用されておらず、大浴場が深夜でも利用可能な旅館はその傾向が強いが、就寝される前に温まりたいと部屋湯を利用されるお客様もあり、そんなお客様のために入浴剤をと考え、会議でスタッフの意見を求めていた。
調べてみると入浴剤にもいっぱいある。全国の知られる温泉のネーミングになっている物もあれば健康をテーマに楽しめる物もあり、「ウコン」「生姜」「ドクダミ」「薬草」「紫根」「森林浴」など香りを楽しむ物まで幅広く、スタッフからの意見も様々だった。
「大浴場と同じような乳白色がよいと思うのですが」「入浴剤のご用意がございます。お好きな物をご選択いただけますとチェックイン時にご案内するのもよいと思います」
「父が入浴剤に拘っていて何処からか買って来るのですが、私もそんな入浴剤に興味を抱き、父に何の湯と聞くようになっています」
そう発言したのは事務所勤務の若い女性スタッフだったが、彼女の体験からすると無色透明よりも何か色が感じられる方がよく、良い香りが漂うことが重要だと力説してくれ、嘉美奈も同感しながらそんな選択をしたいと考えていた。
そこでその女性スタッフに候補になりそうな入浴剤を集めて貰ったら、数日後に30種類以上も揃えてくれたので驚くことになった。
全てを実際に使用してみるだけで1ヵ月以上を要することになる、明日からでも始めたいサービスなのでどうするべきか迷ったが、支配人が提案したことからゆっくりと考えることにした。
「女将さん、急いては事を仕損じるという言葉もあります。ゆっくりとお考えになって、取り敢えずはお客様のご健康をテーマに謳ってバブルタイプのものでもご用意されたら如何ですか?」
バブルタイプというのは固形で、湯の中に入れるとしばらく泡が出て来るというものだが、大都市圏のホテルでも用意されているケースもあるもので、支配人の話によると「温泉の素」のタイプには配水管に影響を与える可能性があるそうで、意外な問題も浮上することになった。
嘉美奈は彼女に「お父さんのアドバイスもお願いね」と託し、支配人の提案したバブルタイプの物を準備すること、そして案内するプリント作成とご案内の方法をどうするか考えるように命じることになった。
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