チェックアウトのお客様全員をお見送りし、玄関からロビーに戻って清掃を手伝っていた女将の蓉子に副支配人が「ちょっとお話が」とラウンジの方へ誘われた。
副支配人の話は同じ温泉地のホテルが先月から始めた企画だが、それが原因となってお客様とトラブルになり、多くのマスメディアが取材に来ているという出来事だった。
その企画については女将会や観光組合でも否定的な意見が強かったが、後継者である若旦那の発想を実際にやってみたら、予想もしなかった問題に発展してしまったものである。
企画はHPのトップページにも大々的に表記され、口コミサイトでもかなり話題になっていたことなのだが、コツコツと地道な営業を続ける老舗ホテルや格式のある旅館は絶対にやらない内容だった。
「お客様の宿泊費が1割引き、2割引き、3割引き、4割引き、5割引のどれかになるようチェックインん時に福引をしていただきます。
そんな文言がHPのトップページに表記してあるのだから話題性についてはユニークな企画と言えるが、副支配人の話ではその福引の方法についてお客様からクレームが出て大きな問題に発展してしまったと知った。
「女将さん、商店街の福引期間中に『ガラガラ』を回すでしょう。あれをフロントに置いてチェックイン時のお客様が回して、出て来た玉の色で割引が異なる企画なのですが、白の玉で『外れ』を引かれたお客様が、『当たりの玉が入っていないのでは?』と確かめたいということになってしまったのです。そんな疑いや誤解が生じないように、お客様の目の前で当たりとなる色の付いた数種類の玉を投入することをするべきなのですが、数組のお客様のチェックインで全員が白の外れだったから疑問が生じた訳ですが、この企画には根本的に大きな問題があったと思っています」
副支配人は福引の抽選機の中に入っている玉の数量の問題もあると指摘、一組のお客様が回されて出て来た白の外れ玉をもう一度抽選機の中に戻すということから、ここに確率と平等性という数学的な疑問の種があるのではと持論を解説してくれた。
副支配人の確率というのは5種類の色の当たり玉が入っているとして、全体で幾つの玉が入っているかということで、例えば前客室数というような納得されるシナリオがあればまだしも、外れ玉を戻して総数の中の「5個だけ当たり」となれば抽選をしたお客様全員が「外れ」になることも考えられ、1日に5組のお客様が必ず当たって割引きの特典を受けるものではないということになるのである。
数年前、露天商の福引に疑問を抱いた客が警察に訴えて調査したら、当たり玉を入れていないというからくりが発覚し、商法的に問題があると摘発された事件が報道されていたことがあるが、この宿泊料割引抽選も誤解を招いたら命取りになる危険性を秘めていることも事実だった。
フロントにいた数組のお客様の前で抽選機を回転させ続けて当たりの「色玉」5個全てが出るまでやったというのだが、確かに5種類の当たり玉が出て来て騙していなかったことは判明したが、全体数が余りにも多く、客室数170室なのに2倍の340個が入っていたそうで、確率なら「340分の5」となり。それをはっきりと明記していれば問題なかったのだが、それが抜けていたためにお客様の強い疑惑感がマイナスイメージとなってしまい、一部のマスコミに知らせたことから問題が大きくなったそうである。
「女将さん、この企画ですが、『170分の5』を維持するために出て来た色玉、白玉を戻すことも考えられますが、お客様側からすれば満室の170室で出て来た玉を入れずに抽選する方式なら問題もなかったと思うのです」
トラブルに発展してしまったことについて解決は簡単ではないが、ちょっと思慮が足らなかった企画のような気がした蓉子だった。
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