女将として日々の仕事で気付くことは自分がこの仕事に誇りを抱いていること。そして自身の旅館を誰よりも愛して大切な存在として考えていることだった。
そんな加代の楽しみにしていることは各部屋を訪問してお客様にご挨拶することで、12室のこじんまりとした旅館なので要する時間も少なくて済むが、知る人ぞ知るという高級旅館なのでそれなりに神経を遣い、ご利用くださるお客様も旅慣れた人が多いので気を抜くことは出来なかった。
お客様との会話の中で学ぶことが多く、昨日のお客様から面白くて興味深いテーマを与えられた話題があった。
ご夫婦でつい最近に外国旅行から戻られたそうだが、往復で利用された日本航空の機内での体験談は加代にとって始めて知る機内サービスだった。
日本航空では「お好きな時にお好きな物を」というキャッチフレーズで日清食品とタイアップして即席麺の「そばですかい」「うどんですかい」「らーめんですかい」などを提供しているのだが、「すかい」とは「空」の意味も引っ掛けたネーミングで、通販でも結構人気のある商品となっている。
「機内食が終わってね、しばらくして寝ようと思ったのだけど、何か夜食を食べてからと思ってスタッフの方に『うどんですかい』をお願いしたのですがね、テーブルクロスを敷いてくれ、お箸をセッティングしてから持って来た『うどんですかい』を前に置かれたら、『3分間おまちください』とお預けとなったのだからびっくりしたよ。こんな場合、ギャレーで3分経ってすぐに食べられる状態で持って来るべきではと疑問に思えてならなかったのだけど、女将さんならどう思う?」
そんな体験談だったが、そこには奥深いサービスの問題が秘められているテーマのような気がしてならず、勉強になります。貴重なお話を拝聴させていただき感謝申し上げます。と心からお礼の言葉を返して次のお客様の部屋を訪問した。
次の日、そのお客様がチェックアウトされて玄関までお見送りし、手配していたタクシーにご乗車される時に、「昨日の機内でご体験されたお話ですが、あれからずっと考えておりましたが、やはり私の結論といたしましてはギャレーで3分間の経過が重要で、お客様のテーブルに運ばれて来た時はすぐにお召し上がりが可能というのがサービスのように感じました」と伝えると。そのお客様は「そうだろう、そう思うよね。私の方が正しかった。それ見ろ」とご機嫌そうに奥様に向かって言葉を発せられていた。
きっと奥様は「そんなことどちらでもいいじゃないの。小さなことなのだから」と仰っていたかもしれないが、こんな問題がサービスの世界では突き詰めなければならないヒントとなり、スタッフの研修会でのテーマとなる貴重な話題になるからである。
「また来るからね」とご機嫌でお帰りになったお客様だが、次回に来られた時はお部屋の中でこの問題についてじっくりとお話をしたいと思う加代だった。
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