八重子が女将をしている旅館は女将仲間や旅行会社から変わっていると言われていた。それは、年末と年始以外は年中同じ宿泊料金を貫いているからで、ゴールデンウイークや週末や祝日の前日も平日と同じ料金なので同業仲間からも「おかしい」と言われていたのである。
それには先代から続く経営哲学が頑なに守られていたからで、宿泊施設を提供する側の勝手な考え方でお客様に差異をご負担いただくべきでないというものだった。
年末年始はスタッフ達が出勤してサービスに務めるということから料金アップが許されるが、それ以外は平日と同じという信念が今でも継承されている訳だが、時の政府が国民の休日を増やしてくれたことからスタッフからは強い抵抗感も生まれ、内部では休日出勤という報酬アップも実施も余儀なくされていた。
「この旅館は良心的だね。土曜日も平日と同じなんてびっくりだね」というお客様の声をいただくこともあるが、そんな時に先代から遵守するように命じられたこの旅館のポリシーを語るのが八重子自身が救われることになり、その思いがなかったらずっと昔に料金変更をしていただろう。
昔から交友関係のある女将仲間から「考え方を変えなさいよ。やり難い、私達が悪者みたいに思われる危険性もある」と言われたこともあるが、高齢の先代が隠居されて若女将から女将と呼ばれるようになってもそれだけは頑なに変更せずに今日まで頑張って来た。
そんな姿勢は口コミサイトから広がり、予想外のお客様がご利用くださるので有り難いが、客室稼働率が高くなるに連れて同業仲間の抵抗感が強くなるのは仕方のないことだった。
平日と休日前料金は一般的に2割程度のアップが多いが、中にはびっくりするほど追加金を設定しているところもあるし、社会の仕組みの中で需要と供給のバランスがそうさせていると指摘する専門家もいる。
観光地のホテルや旅館には季節料金を設定しているケースもあり、それぞれのカレンダー表記にアルファベッドの「A」から「E」まで5段階の料金を表示していることを考えてみれば、八重子の旅館の料金システムは非常識と言えるかもしれない。
東京のビジネスホテルで通常時に室料が1万円だったのに、外国人の利用が増えて需要と供給のバランスが大きく変化し、週末には3倍になっているケースも話題になっている。
JRの料金でも繁忙期と閑散期で異なっている事実もあるし、ハイシーズン、シーズンオフという言葉をはっきりと表記しているホテルや旅館も増えているが、八重子の旅館のHPには「当館のポリシー」というページがあり、見出しとして「なぜ週末も平日も同料金なのか」と表記していることから興味を抱かれる訪問者も多く、HPの訪問者の開かれるページの分析ではかなりアクセス数が高い結果が出ている。
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