群馬県の知られる温泉地に女将の里津子の友人がいる。彼女も旅館の女将をしており何度か訪れたこともあった。
そんな彼女から今朝に電話があった、県内の温泉地の女将達がイスラムに関する勉強会を開催したみたいで、その「おもてなし」の意外な勘違いを学んだと言い、後日に里津子の旅館にやって来てくれ、その時に内容を伝授してくれることになった。
社長である夫もあちこちの研修会に参加、最近に多いイスラム圏の国の観光客対応を学んでいるが、提供する食事について複雑な問題があり、料理長も交流のある人達と研鑽を重ねていることを知った。
夫が里津子に「午前中にお客様がやって来る。3連泊を予定されているので頼むぞ」と言われたのだが、事情を聞いてみると学生時代の友人からの依頼があったそうで、来られるのは結構知られる作家の方で、友人は出版関係の会社の管理職だった。
「執筆依頼をしている原稿が遅れているそうで、定期的に発行している雑誌に穴を開ける訳には行かないので3日間対応して欲しい」と言われたそうだが、「酒は飲ませるな」「外出は逃亡の恐れがあるので禁止」と冗談っぽく様々な条件があるので大変で、里津子は仲居頭と料理長を呼んでラウンジで打ち合わせを始めた。
「夕食は3回共メニューを変えます。昼食も考えてみますし、おやつや夜食の対応も考えます」と料理長が提案してくれて頼もしく思ったし、仲居頭が「私がさりげなく付き添うようにしながらフォローします」と協力をしてくれることになった。
午前11時を少し過ぎた頃、夫の友人の運転する車でその作家も到着され、早速部屋に案内されて草稿に取り組むようにと言われていた。
ロビーに戻って来た友人が夫と喋っていることが聞こえて来る。「作家と呼ばれる人達はわがままな人が多いけど、この先生はそうでもないので楽だと思うよ。ただ風呂好きで『構想は湯船の中』というのが口癖で、何度も大浴場に行くので対応をして欲しい」
対応に関して夫が「どのように?」と質問をしている。そこで判明したことはタオルやバスタオルは大浴場に常備してあるので問題ないが、部屋に戻ったら必ず350mlの缶ビールをテーブルの上に置いておくことで、「柿の種とピーナッツ」のつまみを添えておくということだったが、夫は「酒を飲ませるな」ということに矛盾しているのではと返すと、「それ以上は禁止ということで、冷蔵庫の中の酒類は前部片付けておいて欲しい」と言われ、それを聞いた仲居頭が「行って来ます」と部屋に小走りに向かった。
「これなんだよ」と夫が里津子に見せてくれたのは友人が持参して来た雑誌で、その中の時代物の連載小説を先生が担当されていることを知った。
深夜にも大浴場に行かれるそうなので対応しなければいけないが、男湯と女湯を入れ替える時間帯のことだけは伝えておかないといけないので友人にお願いして託したら、「これまでの幾つかの旅館で体験しているから大丈夫だ」と言われてホッとした。
里津子はどのタイミングで部屋に参上してご挨拶をするべきかと考えながら、取り敢えずすぐに行って歓迎の言葉でもと思っていたら、友人の方が「もう執筆のモードに入っているからそっとしておいて欲しい」とアドバイスをされた。
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