女将の陽子はベテラン仲居の春香を可愛がっていた。春香は広島県の出身で、地元の短期大学を卒業し、陽子の旅館の取引銀行の支店長の紹介で入社していた。
支店長も同じ広島の出身だが、春香とは縁戚関係にあるので高校生時代から陽子のことを吹き込んでいたみたいで、入社は短大に入学した時点で決まっていた。
広島から旅館までは車で国道を走行すると2時間以上要するが、開通した高速道路によって1時間弱で来られるようになり、その効果でお客様の集客も増え、活気ある日々を過ごしている。
春香が勤務してから丸2年が経ち、20歳を過ぎて結婚のことを考えてもとアドバイスをしたこともあるが、「この仕事が大好き。結婚しないで生涯仲居をやりたい」という冗談で返していた。
春香は最近になって、公休日になると必ず出掛けていたところがあった。入社した時から乗っていた中古の軽自動車で隣町に行くのだが、目的は半年前に開店した「お好み焼き店」で、大阪で生活していたご夫婦が定年を迎え、奥さんの実家を退職金で改造し、年中無休で頑張っているそうだった。
友人達と卒業旅行で関西へ行った際、大阪で食べた「お好み焼き」のファンになり、車で走行していた時に夫婦の新店舗を見つけたそうで、初めて立ち寄った時に「広島に近いから広島風もやるべき」とアドバイスをしたら、細かく聞かれてコンサルティングみたいなことが縁になり、それから何度も行くようになったと教えてくれた。
ある日、チェックアウトのお客様をお見送りしていると、公休である筈の春香が私服でやって来て、「女将さん、今日のランチ、私にお付き合いいただけませんか」と誘われた。行先は隣町にある「お好み焼き」で、事務所スタッフに頼み事をしてから出掛けること伝え、彼女の車に同乗してその店へ行った。
優しそうな人柄を感じるご夫婦で、これなら味さえよければ間違いなく繁盛するだろうと思ったが、庭の外側にあった壁を取り壊して駐車するスペースを作ったのも条件的にプラスではと考えていた。
注文をする前に「私が勤務している旅館の女将さんです」と紹介してくれたが、ご主人が「お噂は前々から」と返されたので春香がかなり喋っているように思えた。
注文は春香の提案で「大阪風」と「広島風」を1枚ずつ焼いて貰い、それを半分ずつ分ければ食べ比べが出来るということに納得したが、焼き上がって食べてみたら思わずファンになりそうな触感。「両方とも美味しい。最高よ!」と賛辞すると、奥さんが「春香さんのアドバイスのお蔭です。感謝しています」と喜ばれた。
食べ終わった時、春香が「女将さん、何かお気付きになってアドバイスいただけることはございませんか?」と聞き、何でも参加型の性格である陽子は店内を一通り見渡して次のように言った。
「壁に貼ってあるメニューの内容が多過ぎるような気がします。トッピングの項目で纏められたら分かり易いでしょうし、もう一つは業者が流行を作るというテクニックでしょうかねえ」
それを耳にした春香は「女将さんをご一緒した意味をご理解されましたか。女将さんは凄いお方なのですから」と介添えみたいに割り込んで来たが、続いて「業者が流行ってどういうことですか?」と質問を投げ掛けて来た。
「春香さん、それはね、こんなにメニューがいっぱいあるとお客様に迷いが生まれて無駄な時間を費やすことになるし、注文してからメニューを見ながら『あれの方がよかったかな』なんて思われることもあるでしょう。そこで。『当店の人気メニューランキング』と題して10品ほど紹介すれば、半分ぐらいのお客様がその中から選ばれることが多いと思います」
女将のそんなアドバイスだが。次の日から早速実践したところ、女将の予想通りの結果になってご夫婦が驚き、その事実を聞いた春香はもっと驚嘆することになった出来事である。
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