台風の接近中で朝からキャンセルの電話が入った。住居のある方で影響を受けられる危険性があるとのことだったが、こんなケースでは当日ならいただくキャンセル料もいただけない。それよりもまたお越し下さったらと願っているが、相手が台風など自然災害なら仕方がない。
鉄道の架線事故によって2時間以上運転がストップしてしまった時は大変だった。夕方の4時頃にチェックイン予定の列車利用のお客様が午後7時頃に到着されたからだ。こんな時はベテラン番頭さんの意見から入浴より夕食を優先させる発想が重要と、お部屋に案内したお客さんに確認したら、全員が「食事をしたい」と仰ったので対応した。
亀の甲より年の功の言葉もあるが、璋子の旅館の番頭さんはそれこそ生き字引と称されているほど様々な体験をされており、若いスタッフが戸惑っているとすぐに的確なアドバイスをされるので皆で感謝する存在となっている。
頑固で知られる料理長も番頭さんには頭が上がらず、何かにつけて相談しているみたいだが、昨日も料理長が知らない食材がお客様の話題になって番頭さんに質問して解決していた。
過去に大雨で幹線道路が通行止めになった時、前日の夜には最悪の想定をして迂回路の地図を作っていた番頭さんの行動が称賛され、社長の特別賞を貰ったこともあった。
湯守をしている高齢のスタッフもいるが、彼と番頭さんは飲み仲間。互いが奥さんに先立たれて寂しそうだが、温泉街の居酒屋で2人で飲んでいる姿を見かけることも少なくないが、どちらも旅館の名前を背負っている思いがあるので酒に崩れることは一切ない。
そんな2人に時折料理長が参加して3人になっている時があるが、酒が入ると料理長の料理に対する講釈が始まるのも定番の流れで、そこに居酒屋のご主人も加わって4人で盛り上がっていることもあるが、互いの料理のことは意見の対立がないようで社長も璋子も喜んでいる。
旅館の仕事をしている中で酔っぱらいの相手をすく人は誰もおらず、仲居達が嫌がっている姿に「酔っ払いは孤独な人よ」と声を掛けて慰めるのが璋子の仕事だが、内心は「あなたみたいな客は来て欲しくないわ」と思っている。
「泣く子と地頭には勝てぬ」という言葉があるが、酔っ払いの相手は本当に大変で、幹事の人から謝罪されることも多いが、酒飲みと言う人は生涯治らずに同じことを繰り返して嫌われているようで、そう考えると璋子の言う「孤独」の言葉が当て嵌まることになると自身を慰めながら対応していた。
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