今年の夏に50歳の誕生日を迎えた女将の久乃だったが、数年前から体調が優れず、町の診療所から大学病院まで週に一回は診察を受け、受診したのは内科、外科、形成外科、眼科、耳鼻咽喉科、歯科、婦人科、神経内科、循環器科、消化器科など様々で、診察券が何時の間にか10枚を超えていた。
何処かがおかしいと訴えても診察結果は「どこも悪くありません」という結果になるのでこんなことになったのだが、社長である夫をはじめ支配人や全スタッフ達が心配しており、誰もが「女将さん、無理をなさらずに休んでいてください」と声を掛けていた。
そんな女将の症状からはっきりと病名を指摘した医師がいた。それは町の人達の評判の高い隣町にある医院の先生で、診察を受けて2回目に告げた病名が「どこも悪くないと言われて苦しまれたでしょうね。困った病気でしてね、女性に多い更年期障害の典型的な症状です」と診断されたのである。
2年ほど前から3ヵ月周期で躁鬱を繰り返し、躁の状態になるとハイテンションになってお客様の宴席で一緒に騒ぐこともあったし、鬱の状態になると無気力になって食欲も失せて痩せて来る状況に陥っていた。
「あなたの症状は俗に言うところの躁鬱病と考えられます。躁になれば他人を巻き込んでしまう行動になる可能性がありますし、鬱の状況になれば自分自身を苦しめるような妄想に苛まれることもあり、物事を悪く考えるようになってしまうのですから厄介な症状が出るのです」
そんな指摘に思い当たることが多く、「これからどのような治療を受けて日々の生活を過ごしたらよいのでしょうか?」と質問をした。
「お薬を処方しますから私と薬を信じて普通に生活をしてください。周期や波の幅を小さくすればよいだけですから病名がはっきりしたのですから安心してください」
その医師の言葉を聞いただけで随分と自分の病気の症状が和らいだような気がした久乃だったが、処方された薬を貰って夫の運転する車の助手席に座り、この2年間の自分の無駄な行動を振り返ることになり、「更年期障害」だったのかと思いながら、周囲に同年代の人達が同じように苦しんでいる事実に気付くことになった。
病気の中で素晴らしい医師との出会いは寿命さえも大きく変えてしまう。名女優として知られた「川島なおみさん」が今年の9月に享年54歳で亡くなられたが、彼女の命を奪った病気の治療に関して話題になっている問題がある。それは大病院の医師の突き放すような冷酷な言葉と、高額な治療費負担を強いることになった民間医療の医師の言葉だった。
「どうみても負け戦です。後はどう敗戦処理を考えるかだけです」
「必ず治りますから希望を持って諦めずに治療をしましょう」
そんな医師に遭遇しないように、そして久乃の症状が改善することを願ってしまう社長だった。
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