2人は約束の時間の少し前にやって来てくれた。500キロを運転して来たという彼女の車に乗せて貰ってパース駅に近い繁華街に行ったが、「中華料理」や「ラーメン」という文字の看板もあるので予想外の街だった。
車を有料駐車場に入れてから予約してくれているレストランへ入ったが、そこはパース市内にある幾つかの日本料理店の一つで、スタッフも日本的な服装をしており、玄関を入った所に立派な甲冑が置かれていた。
案内された席は鉄板を囲むコーナーで、スタッフが出してくれたメニューにはセットメニューの案内がされていたが、英文でもそのネーミングは日本語なのですぐに理解出来た。
それぞれが好きな物をオーダーすると鉄板焼きを担当する男性スタッフが前に立って挨拶をしたが、同行している彼女達と英語で交わした内容から彼が日本人ではなく韓国人であることを知った。
白身の魚、牛肉、野菜などを次々に鉄板の上で調理してくれるが、しばらくすると3個の卵を混ぜて鉄板の上で出汁巻きのような形で焼き、それを調理用のヘラで細かく切り、一片をヘラの上に乗せ梃子の原理を応用して空中に飛ばし、食事中の客が口で受けるというパフォーマンスで、「こんな低次元なことを日本人はしないぞ」と抵抗感を覚えていたら、他のテーブルでも賑やかにそれを行って盛り上がっている光景に衝撃を受けた。
御飯が出されて食事が終わったが、調理担当者が最後のパフォーマンスを見せてくれた。それは塩の入った調理用の器を使って鉄板の上に反対側から相手側が読めるように英語の文字を書く物で、そこには「シー・ユー・アゲイン」とあった。
食事が終わると別の席に案内されてデザートのアイスクリームを食べたが、その最中に尾をいっぱい抱えた女性が店内に入って来て何か言っているが、彼女が「花売り」という仕事であることを教えられた。
駐車場で車を出し、ホテルへ戻る途中で「夜のパース市内が見える高台までドライブしませんか?」と勧められたが、もしも事故でもあったら彼女達が大変だと丁重にお断りをしてホテルに送って貰い、次の日の午前中も案内をと言われたが、あまり負担を掛けたくないのでこれも遠慮することにして、そこで彼女達と分かれた。別れ際、彼女はスキーで北海道のニセコへ行きたいと言っていたのでその時は一緒に行くから連絡してねと伝えておいた。
そうそう、彼女達に質問して理解したことがあった。それは広い道路の横断歩道での「人のマーク」の点滅の問題で、答えは横断中の人はそのまま進めるが、今から横断しようとする人は行動停止ということだった。
次の日の朝食もホテル内のレストランでブッフェにすることにした。担当スタッフも顔を憶えてくれたみたいで前日より愛想よく対応してくれた。相変わらず小振りのジャガイモ料理と卵料理が中心となったが、興味深い調理器具があるのを目にした。それはパンケーキの自動調理器具で、ボタンを押すと上部からパンケーキの食材が鉄板の上に降りて来て焼いてくれるというものだが、余り食べ過ぎたら行けないのでパスすることにした。
その日の昼食も一度行ったことのあるカフェで食べたが、パース空港から夕方の便でキャンベラへ向かうので少し早目にタクシーで空港へ向かった。
チェックインカウンターで荷物を預け、搭乗券を貰ったが、何かの手違いでラウンジの利用券を貰わなかった。空港内の売店をウロウロしながらラウンジで過ごそうかということになり入室して入り口カウンターのスタッフに搭乗券を見せたら「ウェルカム、プリーズ」と入れてくれたが、このパース空港で信じられない体験をしたので触れておこう。
保安検査を通過して荷物を受け取って30メートルほど歩いたところで制服姿の40代ぐらいの女性に声を掛けられ、「どこの国の人か?」という質問をされた。そこで日本人であると伝えると壁側にあったテーブルの引き出しの中からファイルを見せられ、そこには日本語での説明も書かれていた。
彼女の職務は保安検査を通過して来た乗客をランダムに検査する仕事で、爆発物を所持していないかのチェックだった。もちろんそんな物を持っている筈はないが、彼女は「職務なので」というようなイメージで謝っていたようにも見えた。 続く
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