今日配達されて来た郵便物の中に「旅館御中 女将さんへ」という手紙らしい封筒があった。事務所スタッフから届けられた女将の恒美はすぐに封を開いて封書を取り出した。
こんな手紙が届くのは俗に言われる「サンキューレター」という嬉しい物と、その正反対となる「クレームレター」だが、恒美は何か嫌なイメージを抱きながら開けて読み始めると、そこにクレーム内容が綴られていた。
差出人の名前はなかったので謝罪の返信は叶わないが、それがどのお客様かはある程度想像出来る内容でもあった。
「夫婦2人で人生晩節の旅を楽しんであちこちに出掛けています。過日は女将さんの旅館にお世話になってよかったのですが、ただ一つ残念だったのがどこかの子供さん達が廊下を走って騒いでいたことで、静寂なひとときを願って女将さんの旅館を選択しただけに主人が残念がっていました」
旅館やホテルで中学生以下のご利用は出来ませんと謳っているところも少なくないが、恒美の旅館ではご家族連れを歓迎したい思いもあり、そんな制限をしておらず、このお客様がご利用くださった時には運悪く走り回る子供達があったということが判明した。
しかし、それ以外のことに関するクレームがなかったので救いはあったが、何とか謝罪の思いを伝えてくなり、複数の子供さん達が来られていた日のお客様について調べて貰うことにした。
「過日」とあったことから過去1ヵ月以内に遡ることにしたが、日に十数組のお客様を迎えており、子供さん達が来られているお客様と、ご高齢のご夫婦とイメージ出来ても限定することは簡単ではなく、電話を掛けて確認することも支障があるので行動出来ないと考えている中、フロント担当スタッフからある情報が入った。
「女将さん、半月前ほどだったと記憶していますが、フロントでチェックアウトされる際にご精算をされる奥様の横でご主人が「ここよかったのに残念だったなあ。子供達がうるさくなかったら何も言うことなかったのに」と呟かれていたということだった。
それで一気に絞り易くなった。消去法で次々に縮めて行くと、やがて神戸から来られていたご夫婦らしいと判明、その確率は100%に至ったので間違いないと宿泊カードにあったお客様の情報から電話番号をメモ、スタッフ達に聞かせたくない思いもあって自室から電話をすることにした。
「過日は当館をご利用くださいまして誠に有り難うございました。本日は何より有り難いご指摘のお手紙を頂戴したしまして恐縮しながら失礼と存じますがお電話を」
その電話に出られたのは奥様で、手紙を書かれたご本人だった。
「やはり掛かって来ましたね。主人とあの女将さんなら電話が掛かって来ると話し合って
いたのですけど、ご気分を悪くされるようなことをしたためてごめんなさいね」
そんなやりとりでお詫びの品を送付することになって解決することになったが、嫌な思いをされて電話や手紙という手段ではなく、ネットの口コミサイトに悪い評価を書き込まれることを考え、スタッフ達と恐ろしさを再認識した出来事でもあった。
「皆さんに考えて欲しいことは、当館を利用くださってクレームを伝えたいけど、行動されないお客様がおられるかもしれないということ。そんな意識を忘れないようにお客様に接してください」と指導をした恒美だった。
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