1年ほど前にご利用くださったお客様から伺った話で全スタッフが大きく心の変化が生まれた出来事があり、それからは女将の紗智子も自分の誕生日に対して考え方を変えていた。
それは30歳の誕生日を迎えられた娘さんがお母様を伴われてご利用くださったことだった。
夕食時にお部屋にご挨拶に参上した際にお客様から伺う話で学ぶことが多いので楽しみにしている重要なひとときだが、その娘さんの考え方には思わず心の扉を開けて感銘を受け、フロントスタッフ、事務所スタッフ、仲居達や厨房スタッフに伝えて全員が感動に至った話題になったものである。
「女将さん、私は5年前にある本を読んで気付き、それから自分の誕生日に母に感謝をすることにして食事に誘って来たのですが、今年は30歳を迎えたので1泊旅行をプレゼントすることにしたのです」
それは、自分の誕生日はお母さんがお腹を痛めた日であり、自分が誕生した記念日や喜びの日である以上にお母さんに感謝をするべき日と考え方を変えられたというもので、お母さんは嬉しそうなご表情で娘さんの言葉に頷かれていた。
祝って貰う日と考えるのと感謝をするのとは全く異次元発想だが、聞いてみれば極めて納得出来ることであり、自分自身もそうあるべきだと気付くことになった紗智子だった。
様々なお客様がやって来られる。お部屋で寛がれながら人生のひとこまを伺うことは本当に多くのドラマがあり、人の世の広さと奥行きの深さを学ぶことになるが、3年前にご利用くださったお客様のお話も驚きの世界で、そんな発想を実現に向けて真剣に取り組まれやがて見事に完成の「かたち」を結ばれたお話だった。
「女将さん、私は、今、誰も発想しなかったことをプロデュースしようと苦労しているのです」
それは「退院したくない病院」の実現で、入院した患者さん達が「この病院で過ごしたい」と言われるような病院の完成で、それこそ信じられない世界のことだった。
「ホテルの語源はラテン語のホスピターレで、誰もが生涯に一度はメッカを訪れたいと向かう時、心身を休める場所をそう呼んだもので、それが『おもてなし』や病院の英訳であるホスピタルにつながったのです」
その方の描かれたシナリオは、全ての職員にホテルスタッフのようなサービスレベルを求め、医師や看護師まで実際にホテルスタッフとして研修させるというもので、それは書籍として紹介されて話題になったり、テレビ番組で特集されて知られることになった。
最初の取り組みは看護師さん達のヘアースタイルの統一で、茶髪は厳禁。すべてCAのように後ろで纏めるようにさせ、装飾品やマニキュアなどのお洒落の禁止などを提唱したら強い抵抗感が出たそうだが、時間と月日を掛けて納得させるように説得したら徐々にその理想の世界に近付き、患者さん達や家族、見舞い客などから「この病院は凄い!」という評価が生まれ、流れは一気にスタッフを変化させる追い風となったそうだ。
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