辺鄙な山間部にある温泉地だが、名湯と称される歴史は古く、「一度は訪れるべき温泉」とも言われているので各ホテルや旅館は活気があり、組合組織と地元の信用金庫が話し合って耐震工事に関するリニューアル費用を融資するように進め、各ホテルや旅館は組合のHPに「加盟しているすべての宿泊施設が地震にも安全な建物となっています」というキャッチコピーを表記している。
そんな温泉地で社長が組合長、女将の美祢子が女将会の会長をしているという旅館が存在し、高級和風旅館として温泉通の客にも垂涎の旅館として知られていた。
今日は朝から夫婦で名古屋のホテルで行われる事務所の男性スタッフの結婚披露宴へ出席していた。
彼は地元出身で名古屋市内の大学を卒業後に美弥子の旅館に勤めるようになったが、明るい性格で仲居達の間でも人気があったが、大学時代に知り合っていた女性と結婚することになり、1か月前に彼が「彼女が結婚相手です」と旅館に連れて来て紹介してくれていた。
その時は彼の両親も伴っており、結婚披露宴への夫婦で出席する事実を知って恐縮されていた。
披露宴の会場は名古屋市内でトップクラスと言われるホテルで、新婦のお父さんが手広く事業展開をされているそうで出席者も多く、夫が主賓で祝辞を担当することになっているので気掛かりな心情でメインテーブルの席に着席する美弥子だった。
会場の照明が少しずつ暗くなり、いよいよ新郎新婦の入場というところだが、司会者が意外なことを言ったので会場内でどよめくようなひとときが流れた。
「間もなく新郎新婦が入場されますが、恐れ入りますが拍手につきましてはご遠慮くださいませ」と言ったからだが、誰もが「えっ!?」と表情で司会者の方に視線を送り、何度か出席した披露宴とは異なる緊張感を抱いていると静かな日本的な音楽が流れて来た。
曲はオーケストラをバックに琴が旋律を担当するアレンジで、和装で入場される新婦のイメージにピッタリ雰囲気がマッチし、隣の席にいた夫が小声で「京都的な音楽だなあ」と言っていた。
扉が開かれて新郎新婦の姿が見えた。言われたように誰も拍手をする人はいない。司会者がBGMに合わせて新郎と新婦の心情を拝察した言葉と、今日から「親が4人となりました」という言葉も入り、これまで育まれてこの日を迎えた喜びの親の心情を拝察する言葉が中々素晴らしく、音楽と司会者の言葉だけが流れる会場を進路新婦が歩き、2人には眩しい限りのピンスポットが当てられていた。
やがて高砂の席に登壇した新郎新婦。媒酌人は設けていない人前結婚式ということで、出席者全員が見届け人になる訳だが。そこで「どうぞ盛大な拍手を」という司会者の言葉でびっくりする拍手音、それはこれまで体験したことのないオープニングであった。
いよいよ新郎側主賓の祝辞で夫が担当することになるが、続きは次号で紹介を。
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