旅館組合から電話があり、来週の月曜日に町の観光課の会議室で定期的な例会を開くと案内があった。
これまでに何度か支配人が出席していたこともあったが、今回はその場で決断して欲しいという議題があり、経営のトップか女将という指名条件を伴っていた。
これまでにそんなことはなく、何か新しいことに取り組むのかなと思いながら、その日の昼食を済ませて役場に行った。
総勢で30人ぐらいが集まっている。組合長、町長の挨拶が済むとすぐに議題に入ったが、それは最寄り駅からこの温泉地と反対側に存在する温泉地との競合に関する対策で、ずっと激しい競争の続いて来た歴史の事実があった。
鉄道の線路を境にして自治も違っているので町同士の熱い戦いもあり、町は旅館組合を引っ張るように仕掛けを行い、この町のHPはかなり予算が掛けられた内容で知られていた。
こちらは川沿いが立地になっているが、あちらは湖畔を取り囲むような環境で、どちらかというと若い人達は「湖」の方へ流れていると分析されている。
「若い人達をターゲットに考えたことなのです」と観光課長が口火を切ったのは、賛同を得れば3ヵ月後から始めたいという企画で、あちこちの温泉観光地で流行している「温泉手形」を採り入れたいというものだった。
温泉手形はその地によって設定が異なっているが、分かり易く言えば何処の宿泊施設を利用しても3箇所の旅館の大浴場を利用出来るというようなシステムで、高齢者だけではなく、最近は若い女性達にも流行している企画だった。
町や旅館組合としては大きなメリットがあるが、オリジナル性を押し出している旅館にはデメリットも考えられ、全旅館が参加して進めるか、それとも参加しない旅館も認めるかといことも討議されることになった。
しかし、昔から競合している湖の温泉地に対する競争意識は予想以上に強く、「取り敢えず反対の旅館さんは?」という観光課長の問い掛けに挙手する者はおらず、すんなり全員一致で決行することになった。
観光課と旅館組合は何度か会議を重ねたようで、すでに木製の手形のデザインも紹介され、明日からでも始められるぐらい進んでいた。
「各旅館さんは、フロントへやって来られる手形を持たれたお客様を歓迎する姿勢で大浴場の案内をして欲しいのですが、タオル等の設備負担が増えるかもしれませんが、全体的な集客という観点でお考えいただければと思います」
各旅館が大浴場にタオルやバスタオルを準備している。宿泊客以外が利用することになるとそれだけクリーニングに関する経費が必要となるが、集客ということからすれば範疇の問題である。
この手形の企画で問題になるのは。利用客が自由に選択出来るところから案内パンフの写真から人気が偏ってしまうことで、誰も来てくれないような大浴場の旅館も出てしまうが、これも集客ということから町全体、温泉組合全体という広い考え方で取り組む覚悟が不可欠となっており、女将は戻ると持ち帰った資料を支配人に見せ、今後の対応について一任した。
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