専務が知った衝撃のニュースは社内でも話題となり、そんな人物が自社の取引先のスタッフとして現場で行動を共にしていた事実に驚き、誰もが解雇されてから起きたことだけが救いだったが、被害者になった人の存在を考えながらスタッフ全員で黙祷を行って手を合わせた。
そんな頃、社会は葬儀専門式場が潮流で、お寺や地域会館での葬儀が激減し、その取引先も徐々に事業を縮小せざるを得ない状況になっていた。
ある日、業界関係者の会合が温泉施設で行われることになり、午後に集合して会議を行い、それから温泉に入って会食をして午後8時に現地解散という企画の案内が届いていた。
この仕事に従事している者は誰もが悲しい交通事故の葬儀を担当した体験があるところから、絶対に飲酒運転はしない思いを共有しており、誰もが電車とタクシーという行程を考えていた。
当日の朝、昼前に会社の誰かに最寄り駅まで車で送って貰おうと考えていた専務に電話があった。相手は取引先の社長で、彼も今回の業界会合の参加者の一人であった。
「私ですね、車で行くことにしました。専務さんにはこんなことでもしてお詫びとお礼をするしか出来ませんし」
そんな予想もしなかった申し出だったが、会食で飲酒という問題もあるところから「電車とタクシーにしては」と遠慮することを返した。
「一滴も飲みませんからご安心ください。どうか私のお願いとしてご一緒ください」ということになり、昼前に会社の玄関に彼の車が到着して乗せて貰って出発した。
目的地まで約1時間の行程だが、公共交通機関を乗り継いで行くと倍以上を要するので、随分と助かることになるのは確かだった。
専務は乗せて貰った車がベンツという高級車であることは知っていたが、「Ⅴ12」や「AMG」のエンブレムを目にして「凄い高級車に乗っているのだな」と発言したのだが、そんな車内でのやりとりから社長の人格に疑問を抱くことになった。
「この車は中古車で購入したものですが、『Ⅴ12』や『AMG』のエンブレムはネットオークションで買って貼り付けたもので、この車はそんな性能を有してはいないのです。内緒の話ですが、専務さんだけには本当のことをお話ししたくなりましたので」
何のためにそんな行動を考えたのか知らないが、そこに単なる「偽装的」な性格が感じられるではないか。そんなことが大嫌いな専務は「腰痛持ちでね」と伝え、少しシートを倒して到着するまで眠った振りをしながら過ごしていた。
それから数年の月日が流れた。その社長は会社を整理し、予想もしなかった仕事に就いていることを知った。それは招待状が届いたことから知ることになったのだが、「塞翁が馬」や「わらしべ長者」の昔話ではないが、何処で人生が大きく転換するか分からないものである。
彼は、大きな事業を展開している知人が倒産したゴルフ場を買い取ったということから支配人を任され、元々ゴルフに親しんでいたことから何よりと活動的に働いていた。
彼の営業力は想像以上に高く、やがてプロのトーナメント会場として決定され、その契約に進展した事実は彼を知る人達から賛辞されていた。
しかし、このトーナメント開催が大変な問題に進んでしまい、彼はマスメディアのニュースに羞恥の取材を受けることになってしまったのである。
プロのトーナメント会場としてどうしても解決しなければならない問題が練習場の増設で、彼の指示から工事が始まった訳だが、削り取ったコースの両サイドの山が何と古墳だったということが発覚したからで、文化財を許可なくということから予想だにしなかった問題に発展してしまったのである。
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