新年お迎えてしばらくするとお客様が少なくなり、ホテルや旅館業界が暇な時期となる。半年前、丁度そんな頃だった。女将会で和歌山県の高野山へ参拝することになって中型バスをチャーターして行って来た。
参加者は16名の女将と4軒の旅館の料理長で、20人の小旅行だったが、料理長達の目的は宿坊で出される夕食の精進料理の体験で、良い勉強になったと戻ってから4人の交流が深まっている。
こじんまりとした旅館の女将をしている佐都子も参加したが、一考の中では若い方で、先輩の皆さんが参拝時に出された朱印帳を目にして学ぶことになった。
宿坊では4人ずつ別れたので5部屋を利用していたが、夕食が終わってから寒い時期なので外へ出掛けることもなく、女将会の会長のいた部屋に皆が集まって時間を過ごしたが、そこで会話の中心になったのが朱印帳につながることで、足が達者な内に四国88個所巡りをしたいというものだった。
そうそう、今回利用したバスは高野山の麓にある南海電鉄の駅までで、そこから電車とケーブルカーで到着していたが、道路が積雪で危険と判断されたからだった。
樹齢の長い古木並木が多いところから日差しが届かず、参拝で回った道の冷え込みは想像以上に厳しいもので、和服で来たことを後悔している人達も多く、佐都子もその一人だった。
次の日に宿坊の方の案内で連れて行って貰ったことが印象に残っている。それは毎日弘法大師にお食事を運ぶというしきたりで、輿のような物を担いで行かれる光景は如何にも並木の雰囲気に溶け込むようで、悠久の時の流れを感じた。
そんな体験をしていた佐都子に、社長である夫が高野山に行こうと急に言い出したのは3日前で、宿坊の予約が空いていたことから電車を利用して出掛けて来た。
新幹線を利用して新大阪駅か地下鉄で難波駅まで行き、南海電鉄の「特急こうや」を利用して向かったのだが、南海電鉄の難波駅で夫が電光掲示板を見て信じられないような表情をしていた。「どうしたの?」と聞くと、「不思議な光景だ。どうなっているのだろう。初めて見たけど理解出来ない」
乗車して電車が動き始めてからそのことについて教えてくれたが、発車時間を案内する電光掲示板に「普通」と「各駅停車」があったからで、途中で検札に来た車掌さんに尋ねたら、南海本線は「普通」で、高野線は「各駅停車」と別称になっているそうで、高野線の「今宮戎駅」と「萩之茶屋駅」には和歌山方面や関西空港方面にに向かう南海本線にはホームがないそうだった。
佐都子は前回の体験があったことから朱印帳を購入して持参しており、いつか夫婦で四国路を巡礼姿で行きたいと思っていた。
コメントはこちらから
あなたの心に浮かんだ「ひと言」が、誰かやあなた自身を幸せに導くことがあります。
このコラム「小説 女将、朱印帳を手に」へのコメントを投稿してください。