昼食が済んで日課のラウンジでのティータイムを過ごしていた女将の佐代子だが、料理長が仕入先の社長を伴ってやって来た。
「女将さん、いつも有り難うございます。料理長に無理をお願いしたら『女将さんにお願いしたら』と言われまして」
何か申し訳なさそうにそう言った人物は精肉店の社長で、かなり手広く販売ビジネスを展開しており、料理長とは長年のゴルフ仲間でもあるが、そんなところから佐代子の旅館へ納品される牛肉や豚肉はいつも厳選された物が届いていた。
お願いというのは毎年この時期になると必ず出て来る問題で、社長の会社が取引先である多くのホテルからノルマとして課せられるクリスマスのディナーチケットの購入だった。
社長の会社は20以上のホテルと取引をしており、それぞれから10枚ずつ割り当てられたとしても200枚となり、無条件で全額を買い取るのが慣習となってホテルと取引をする会社の各社がこの時期の風物詩みたいな恒例の悩みの問題で、割引をするから購入して欲しいという依頼だった。
幸いにも出演するタレントの人気が高いので何とかなりそうだが、佐代子は料理長の立場も考慮して5枚を購入することにして、合計15万円という購入代を割り引いて貰った2割引きの12万円を支払うことになった。
3万円のディナーショウと言っても1万円程度のフルコースの定番料理。料理が済んだ後はドリンクだけを飲みながらコンサートをひとときを過ごす訳だが。主催者であるホテル側も決して大きな利益を期待出来るイベントではなく、ディナーショーを開催するとい外見的なプライドと年間売り上げのための数字アップが目的になってしまっているようで、ホテルスタッフも割り当てられるところから企画担当者に「人気の高いタレントを」という要望が出されるのは当然だった。
精肉店の社長にはバンケット支配人や宿泊支配人からも回って来て、毎年家族や親戚達に仕方なく配っているのだが、お客さん達から「何とかディナーショーのチケットを入手して欲しい」と言われる企画を打ち出して欲しいというのが本音だった。
「料理長。偶には奥さんを連れて行かれることも重要よ。この2枚は貴方と奥様の分よ。私からのクリスマスプレゼントよ」
女将は料理長の奥さんがディナーショーの歌手の大ファンであることを知っており、そんなことから料理長の嬉しそうな表情も一層だった。
横で精肉店の社長が笑顔を見せながら立っている。来年のこの時期も同じ光景が見られるだろう。
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