昼過ぎに葬儀の依頼があって担当者としてご当家へ向かったのは岡倉だったが、車で約1時間という距離だったので帰社するのは暗くなってからだと予想されていた。
そんな岡倉から事務所にいた専務に電話が掛かって来たのは午後2時半頃で、ご当家へ到着して間もなくのことだった。
「専務、ややこしい問題があるのです。この町は村みたいな感じで、考えられない町律があるのです」
「町律」とは町が勝手に決めている法律みたいなもので、冠婚葬祭に関しては結構関与する問題が少なくなく、電話から岡倉の立腹している様子が伝わって来る。それはご当家が式場として予定されていた地域の会館に関することで、町会と契約している葬儀社以外は利用出来ないということだった。
ご当家はその事実をご存じだったが、その葬儀社に強い抵抗感を抱かれており、2か月ほど前に親戚の葬儀に参列した際に弊社のことを知られたという経緯があった。
喪主さんのお考えには車を購入するのも冷蔵庫を選ぶのも自由だし、ましてや一生に一回だけの大切な儀式に業者選びが出来ないなんておかしいという思いがあり、無理にでもこの地域会館で行いたいという思いがあった。
喪主さんは故人のご兄弟とご一緒に町会長の家に相談に行かれたが、何か裏取引が行われているようなニュアンスを感じられ、「分かりました。地域のお世話になりませんから」と強い口調で不合理な町のトップの姿勢に抵抗感を伝えられ、近くにあるお寺の本堂を式場として拝借することを決定された。
ご当家の旦那寺と拝借するお寺の宗旨は異なるが、幸いにして同じ念仏系だったので問題なく了解が得られたが、式場拝借料が地域会館使用料より高額になることと、そのお寺さんにもお入りいただくことになるのでお布施が必要となるが、葬儀の意儀と本義に関してはメリットもあり、ご当家の納得で進められることになった。
本来ならご近所の方々に受付を担当いただくお手伝いというケースもあるが、町会長とのやりとりもあり受付などの担当は全て友人の皆さんにお願いされることになった。
次の日の午後、お通夜の準備をしている時に町の役員が「弔旗」を持参されて山門の所へ立てられたが、それを夕方に式場に来られた喪主さんが目にされ片付けるように命じられ、これからもこの地域で生活されるのにと考えると心配になった岡倉だった。
そんな最悪の軋轢を懸念していた専務がお通夜の始まる前にやって来て、「町会長さんと話し合うか」と言った。
やがて暗くなりつつある頃地域の役員さん達が弔問に来られたが、受付の手伝いも固辞されたご当家の姿勢が話題になっていたようで、山門にある筈の「弔旗」がないこともあって何か始まりそうな雲行きも予想された。
そんな問題がないようにと動き始めたのが専務で、伊達に長年この仕事をやっているのではなく、様々な経験からこんな場合の対策も考えていた。
専務が描いたシナリオは町会長だけと2人で話し合って相手を見事に折れさせたというものだが、それはそれこそ「町律」の矛盾を指摘して撤回させたというやりとりで、その話を耳にした岡倉は内心「恫喝」だと思いながらも結果として非を認めさせた専務の作戦に拍手をしたい心情となった。
専務が町会長に伝えた言葉は葬儀社なら絶対にやらない発言で、「町律は法律から逸脱しており大問題である。弁護士を通じてこの町を告訴する」という穏やかでないものだったが、ご当家だけではなく、これまでに葬儀社を強制して来たケースも調べ、抵抗感を抱いている家も原告として歓迎するというものだった。
二人だけで進めたのは町会長の逃げ道を与えていたからで、その日の内に考え方を改めようという提議になったのだから喜ばしいことであった。
コメントはこちらから
あなたの心に浮かんだ「ひと言」が、誰かやあなた自身を幸せに導くことがあります。
このコラム「フィクション 「町律」」へのコメントを投稿してください。