由佳理が女将をしている旅館には専属のマッサージ師がいる。もう50歳を迎えようとしている女性だが、4年前の不思議な出会いが縁になってこの旅館の専属として勤務している。
不思議な出会いとは由佳理が東京で行われた3日間のビジネスセミナーに参加した際に宿泊したホテルでのこと。フロントにマッサージ依頼の電話をして担当してくれたのが彼女。それまで何十回とマッサージを受けたが、その技術は特出するレベル。整骨院で強く押される指圧的な感じもしないのにあまりにも心地良く、ついうとうとしてしまう。そんな感想を言ったら彼女が次のように説明してくれた。
「私、タオ療法を学びました。タオ指圧とも言いますが、経絡というツボを間違いなく理解して、体内の悪い穢れを外に出すように施術すると血液の流れが自然に心身を浄化させることが出来るのです」
聞いた時には「宗教?」と疑ったが、由佳理が「これまで受けたマッサージで最高だった」と言ったことから、予想外の展開となった。
50分間のマッサージが終わって部屋を出る彼女が「5分後に参りますから」と言ったからで、しばらしてインターホンが鳴って扉を開けると彼女が1冊の本を持参しており、「ご興味があればどうぞ」とプレゼントされ、ベッドで日付が変わるまでに熟読することになり、その世界の凄さを初めて知ることになり、自身が実際に受けたことがなぜ心地よかったかを理解することになった。
次の日の夜、同じホテルに連泊していたのでまた彼女に施術を依頼。そこで本で学んだことを話しながら由佳理が持病で苦しんでおり、それが今回の施術と本の内容から光が見えたと言うと彼女が喜び、やがて予想もしなかった会話が交わされることになった。
「私、温泉地の旅館で女将をしているのだけど、さっき言ったように背中から腰に持病があり、ずっと騙し苦しみながらこの10年を過ごしているの。あの本を読んでタオという世界に出合ったことがそれこそラッキーとなったみたい喜んでいるの」
「女将さんですか? 上品な方だと思っていましたけどそのイメージ通りのお方でしたね。私、間もなくこのホテルと契約している派遣事務所を辞める予定なのです。ちょっと対人関係で嫌なこともありましてね、それに何より腹立たしいのがタオ療法について誰も信じてくれませんし、馬鹿にされているのですから。お客様からのリピーター指名が気に入らないようで嫌になりましてね。私が施術するのを受けてごらんなさいと言っても誰も受けてくれないのですから」
「勿体ないお話ね。昨晩に私が体験した感想を訴えたい思いがしますね。あの本の内容とあなたが学ばれて実践されている技術は本物よ。持病があってマッサージ体験が豊富な私がそう言うのだから間違いないわ。自信を持って」
「嬉しいですわ。私が学んだタオのことをご理解くださって。女将さんの旅館で住み込みが出来て女将さんの持病を楽にして上げたい気持ちになりますね」
瓢箪から駒という言葉があるが、まさにそんなやりとりに発展。予想もしなかった展開で彼女が由佳理の旅館専属のマッサージを担当してくれるようになったのである。
それは、彼女がご主人を早くに先立たれ、子供の存在がなくて身軽だったこともあったが、彼女が学んだタオ療法のことを理解して歓迎してくれることが何より嬉しく、今では生き甲斐として輝く日々を過ごしている。
そうそう、つい最近嬉しい出来事があった。1年前にご利用くださったお客様が彼女の施術をもう一度受けたいとリピーターとして来られたからだ。
「主人はね、もう20年以上睡眠導入剤がなければ眠れないのに、前回に施術を受けて時は薬を飲まずにぐっすり寝られたので不思議でね。心地良かった。不思議な体験だった。今度はお前も受けてみろとやって来ました」
もう一つ嬉しいことがあった。最近は、由佳理の持病が痛むことがなくなっていたからである。
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