今春から始めた夕食の企画が好評で、HPにも掲載したところそのプランを申し込まれるお客様が多く、近年で最もヒットした企画だった。
和風旅館に嫁いで先代女将から厳しい後継教育を受け、先代女将が病気入院してから1年を経過した頃、退院して来た先代女将から「今日から女将になりなさい」とめいじられてからまだ3年目だが、情報集めに積極的な行動派の夫と共に、2人で様々な新しい企画を考えて来た歴史がある中、この企画は偶々ご利用くださったご夫婦のお客様がふと愚痴られたことから実現したものだった。
それは女将が夕食時にご挨拶に参上した際のことだった。「明日はどちらへ行かれるご予定ですか?」と女将の美津子が質問した時、そのご主人が次のように言われたのである。
「明日は善光寺へ参拝してから予約してある浅間温泉の旅館に行くのだけど、また同じような旅館の夕食が出て来ると思ったら旅の喜びも思い出も半減してしまうものでね、女将さんが明日の旅館に電話を入れてくれて、夫婦で異なった料理を出して貰い、互いが好きな物を食べることができたら嬉しいのだけどね」
それまでご夫婦などお二人連れのお客様には同じ料理を提供していたが、このお客様のご要望の言葉にヒントを得て、社長である夫と料理長に相談して発想の転換が始まったのである。
その浅間温泉の旅館にも電話を入れ、お客様のご要望を伝えたら「対応します」となったが、数日後に先方の女将が来館、新しい企画プランとして始めるという報告があった。
夫婦の好みが異なることも多い。カニもエビもダメという人もいるし、きのこ類が全くダメという人もいた。また魚介類が苦手ということから牛肉のサイコロステーキを提供したら大層喜ばれたこともある。
ご到着されてお部屋にご案内し、お茶と茶菓子を出す部屋担当の仲居が食事に関する好き嫌いをお聞きすることは重要なサービスで、どんなに手を掛けて素晴らしい食材を提供してもお嫌いな物ならそれこそ一方通行のサービスとなってしまう。そんなところから始めたこの企画は、料理長が「我儘メニュー」と命名してスタッフ達に浸透しているが、チェックアウト時にお喜びの声を頂戴することが多いので喜んでいる。
お盆の少し前のことだった。このヒントをくださったお客様にお礼をしたためて招待状を同封したら。先月の中旬にご利用くださり、料理長がお部屋に参上して特別な料理を提供したことに喜ばれ、その場で同業組合の総会旅行の会場として当館をご予約いただくことになった。
コメントはこちらから
あなたの心に浮かんだ「ひと言」が、誰かやあなた自身を幸せに導くことがあります。
このコラム「小説 女将、ちょっとしたヒントから」へのコメントを投稿してください。