予約されていたお客様が到着されるのは午後3時過ぎから増えて来る。中には午後6時頃に到着される方もあるが、由佳理が女将をしている旅館では午後4時台に来られるお客様が多かった。
お客様を玄関でお迎えするのも女将の重要な仕事の一つだが、その日のお客様にお身体の不自由な方がおられ、マイクロバスから杖を手に降りて来られたのでフォローしたが、玄関口に置かれている車椅子を持ち出す必要はなかった。
お食事の時にご挨拶に参上して、発病された時の大変な出来事を拝聴して驚いたが、よくぞ奇跡みたいに回復されたものだと思っていると、このお客様が由佳理の旅館で起きていた重大な問題を気付かせてくださることになった。
それは、次の日の朝にチェックアウト時に仰った言葉が始まりで、次のように言われたのである。
「昨日、大浴場に2回行った時に気になったのだけど、今日朝風呂に行った時に確かめたらやはりおかしい感じがしたよ」
大浴場は1階の奥の方にあるが、本館ロビーから続く長い廊下を通るのだが、そのお客様は杖を手に歩かれる時に杖で床を突く音から異変を感じたと言われ、「私ね、近所の商店街でも非破壊検査みたいな気付きから大きな問題が発覚したこともあるのだけど、ここの1階の廊下を歩くと大浴場の手前付近で変なポコッという音が気になった」と言われたのである。
そこで全てのお客様のお見送りをしてから支配人と一緒に1本の棒を用意して廊下の端から確認しながら進んで行くと、大浴場の手前だけ異なる音がして、これは確かにおかしいと疑問を感じ、すぐに出入りの建設業者に電話で連絡をして調べて貰った。
昼過ぎに大変なことが判明した。気になっていた部分の床板を取り外して確認してみたら、地中を通っている筈の水道菅が錆から腐食して露出、水漏れを原因として土を流してしまっており、支える柱が腐食しておりこのままだったら床が抜け落ちる危険性があったことが発覚したのである。
由佳理が前から気になっていたこととつながる事実があった。3ヵ月ほど前から水道の使用メーターの数値が増え、不思議に思っていたことだが、その原因が水漏れにあったことを確認して行政の水道局に来て貰って緊急工事を進めた
お蔭で大浴場の利用に差し障りなくか対処出来たのでホッとしたが、あの非破壊検査みたいに行動していると仰っていたお客様に心から感謝し、改めて礼状を書いて招待しようと考えていた。
もしも床が抜け落ちてお客様が負傷されていたら大変だったし、それがニュースで採り上げられたら想像以上のイメージダウンになっただろう。そう考えるとご指摘くださったお客様との出会いに手を合わせたくなるもので、支配人と「よかったね」と互いを見つめ合った時、一気に疲労感に襲われた。
コメントはこちらから
あなたの心に浮かんだ「ひと言」が、誰かやあなた自身を幸せに導くことがあります。
このコラム「小説 女将、非破壊検査に感謝する」へのコメントを投稿してください。