ある知られる大手葬儀社があった。社長以下役員達に共通する考え方は想像以上に厳しいもので、取引先も厳選するという姿勢を長年貫いていた。
ある日、遠方のお寺で行われた葬儀から帰社した担当責任者の話に怒りを覚えた専務は、すぐに発覚した問題の取引先の社長に電話を入れ、その問題の当事者であるスタッフを今後一切弊社の現場には来ないように頼んだ。
事件というのは担当者が火葬場から式場であったお寺へ戻った際に目撃したことだった。レンタルの椅子やテントを片付けてトラックに積んでいる時、そのスタッフが放り投げていたのである。
大きな音が聞こえるのは当たり前だが、テントのパイプや椅子が損傷するのも当然のこと。それよりも担当者が気になったのは通行する人達が葬儀社のスタッフの行動だと誤解される恐れで、イメージダウンにつながると帰社してから報告をした訳である。
「人手不足で困っているのです。二度とそんなことをさせないように教育しますから」
それが取引先の社長の言葉だったが、それから半月後に指摘した人物が信じられないことを仕出かしてしまった。古刹で行われていた葬儀。何とトラックで山門の柱にぶつけ、ズレてしまった柱にもう一度車をぶつけて戻そうとしたというのである。
その出来事は式場で設営していたスタッフ全員の怒りにつながり、役員が揃ってお寺へ謝罪に行くことに発展した。
もちろん電話でクレームを伝えたのは当たり前だが、「人手不足」と言っていた社長が月末に請求書を持参した時の言葉に専務が激怒した。
「この前は申し訳ございませんでした。お詫びといたしましてあのお寺での分はいただかないことにしましたので」
その言葉を耳にした専務は呆れながら<この社長にあのスタッフか>と思いながら次のように返した。
「請求しないということで相殺する発想はおかしいよ。仕事をして貰ったことに対する分は支払うのは当たり前のことだ。私が何より腹立たしいのは弊社に来させないように頼んだ人物が事件を起こしたことだ。あの人物は普通じゃないと指摘していたではないか」
「申し訳ありません・人手不足でつい・・・」
白髪交じりの初老の社長は如何にも申し訳なさそうに頭を下げるが、長い取引先であり、こんなとんでもない一人の人物によって起こされた大変な事件について、この関係が断ち切られることだけは避けたい思いがあり、もう一度チャンスを与えるつもりで解雇するように進言した。
しかし、深刻な人手不足がその決断を鈍らせた。それから1週間後、彼は遠方で交通事故を起こした。トラックを運転中に高校生のバイクと接触、転倒した高校生が重症で入院する出来事が発生。被害者側への謝罪や見舞いに参上しながら後悔するのも当然だった。
その3日後、遂に決断を下して彼を解雇した。その報告をするために社長は専務に会いに来た。
「後悔しています。ご指摘された時に解雇しておればと自分が情けない思いです。本当に申し訳ございません。3日前に解雇を申し伝え納得させましたので以後は御社の現場に来ることもございません」
「あの人物は普通じゃないよ。初めて報告を受けた時はそうも思わなかったけど、山門にぶつけた事件では普通の感覚ではないと思ったよ。まずは担当させていただくお客様に迷惑が及ぶパーセンテージが下がることは結構なことだ」
そんな会話が交わされた半月後のことだった。社長が血相を変えて専務に知らせにやって来た。手に新聞を持っている。何か予想外のことが起きたことは察しが付いたが、新聞記事を目にして背筋が凍り付く事実を知った。
問題の人物が、何と殺人事件を犯して逮捕されたというニュースで-、それも信じられない動機で衝撃的なことから社会面ではなく一面扱いになっていた。
「解雇しておいてよかったと思っています。本当に本当に恐ろしいことです」
続く
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