旅館の女将となって仕事をしていて最も気になり興味を抱くことはご利用くださっているお客様がなぜ当旅館を選択されたかということで、貴美子は夕食時にお部屋に参上してご挨拶の時にさりげなく伺うこともあった。
ネット社会になって昔から存在する大手旅行会社の他に、様々な紹介ビジネスを展開する時代を迎えたが、ネットで情報を入手されるお客様にも紹介サイトではなく直接予約の方が特典があることを理解されていることも常識で、ホテルや旅館のHPに「公式」という表記が目立って増えて来ている。
あるご夫婦のお客様のお部屋に参上した時のことだった。ご主人が次のようにびっくりされており、前にも同じことでお怒りになっていたことを思い出すことになった。
「女将さん、この温泉地の組合のHPを開いたのだけど、『公務員か若しくは公務員年金受給者及びそのご家族以外は利用出来ません』という旅館があって驚いたよ。あれはどういうことなの?」
この温泉地には20数軒の宿泊施設があり、全てが地元の観光組合に加盟しているのだが、その中で公務員の共済組合が保養所と指定して建設された旅館が1軒あり、HPにその表記があって疑問を抱かれるお客様も少なくないのである。これらは全国に結構あるし、シティーホテルにもあるし、教員組合が運営していて教員以外でも利用出来るところも存在している。
さて、貴美子と深い交友関係のある近くの旅館が休業してリニューアル工事を行っている。昼前に来館したのでラウンジでティータイムで過ごしたが、彼女の旅館が取り組んでいるのは和風旅館13室の部屋を、全て異なるイメージで設計したそうで、完成してオープンする前に招待して貰うことを約束した。
旅館の提案するサービス企画にも大きな変化が生じている。2年前まで夕食は部屋食だけだった貴美子の旅館も今では「部屋食の和風懐石」「食事処でのフレンチディナー」「レストランでのバイキング」の3種留を提供しているが、偏らずにそれぞれをご利用されるお客様がおられる事実に世の中の流れの変化を知ることになった。
旅館は部屋食で和風懐石が当然という考え方では成り立たず、一方通行型の提案ではお客様の選択の範囲が狭くなるところから抵抗感も生じ、社長である夫と料理長の3人で何度も話し合い、やがて意識改革に至って現在の形式が提供出来ているのだが、リピーターのお客様で「前回は部屋食の懐石だったけど、今回はフレンチのディナーにした」と仰った方もあり、この選択が出来ていなかったらリピーターとはならなかったと思えるケースだった。
しかし、意外と和風を求められるのが朝食で、大半のお客様が「和風朝食」を選択され、「旅館らしい朝ご飯が楽しみで」というお声も多いのが興味深い。
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