旅館やホテルの大浴場では「刺青」と「タトゥ」に関して利用不可というのが常識になっているが、明日香が女将をしている旅館では、各部屋に次のように書かれたプリントが備えられていた。
「大浴場には刺青及びタトゥのお客様にはご遠慮いただいております。ご希望がございましたら貸切露天風呂がございますのでご利用くださいませ」
一般的な宿泊施設には貸切で利用出来る露天風呂の施設があるが、大半が有料で、最も多いのが50分間貸切で2500円~3000円というものだった。
旅館の企画しているプランの中に「貸切露天風呂を1回だけご利用可能です」というのもあるが、明日香の旅館プリントには貸切露天風呂に関する料金表記はなく、「刺青」や「タトゥ」事実を知ったフロントや仲居があれば、無料で提供しているので驚きである。
普通の方がご希望されたら50分間2500円となっているのに、なぜ無料で提供しているのだろうかと疑問に思えるが、これは女将の考え方からで「旅館側の事情でそうしているのだから無料にするべき」というものだった。
ある日、その筋のお客様のご夫婦が連泊され、2日間とも貸切露天風呂を利用されたが、お2人共立派な刺青があるそうで、部屋担当の仲居がそのことを聞き、フロントを通して指定された時間に貸切露天風呂を予約した。
チェックアウトの際のこと。フロントで請求書の内容を確認されたご主人が「露天風呂の使用料金が入っていないのでは?」と指摘され、スタッフが女将の考え方からという事情を話したら感激され、玄関にお見送りした女将の手をお2人が握られて「有り難う。また来るわ」とタクシーでお帰りになった。
そのお客様がリピーターとして再来くださったのは2週間後のこと。3組のご夫婦で3部屋を予約されたのだが、ご一緒された人物を見てびっくり。何とテレビのニュース映像で何度も目にしたことのある方で、全国に知られる組織団体のトップだったからだ。
食事はトップの方のお部屋でご一緒されたが、ご挨拶に参上した女将に「女将さん、あなたは凄く有り難い考え方で迎えてくれるそうで、話を聞いて感動したので嬉しくて拝顔にやって来たよ」と声を掛けられて緊張したが、食事のお世話をしていた仲居が「お断り申し上げたのですが、いただきました」と懐から祝儀袋を出して見せた。
ご利用は1泊だったが、夜と次の日の朝の2回の露天風呂をご希望され、チェックアウト時に「これは気持ち」だと祝儀袋を置かれて行かれたが、それはどうやらトップの方の奥様がご準備されたようで、祝儀袋の上半分の中央に天眼鏡で見なければ読めないほど小さな文字で「きもち」と書かれてあり、下の中央には普通の大きさの文字で「有り難う。お世話になりました」と書かれてあったが、中身は新札で50000円も入っていた。
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