菜穂子が女将をしている旅館は夏のこの季節が忙しい。お客様の大半が家族連れで、目的はすぐ近くに知られる砂浜の海水浴場があるからだ。
列車や車で来られてそのまま海辺で遊ばれ、夕方にチェックインをされ、次の日にチェックアウトをされてそのまま海ですごされるというケースが多いが、この温泉地に十数軒のホテルや旅館が存在しているが、夏休みのシーズンは何処も空室がないほど賑わっている。
この温泉地は温泉通でも有名で、源泉が二つあるのだが、その一つが古代の海水が温泉となって湧出しているというもので、昔から子供のアセモなどに効能があると言われている。
菜穂子の旅館のフロントに古い写真が掲げられている。それは大正時代の浜辺で撮影されたもので、当時の創業者と初代の女将で、古くからこの海水浴場が賑わっていた様子が分かるほどで、当時の女性の水着が今とは全く異なることも知ることになり、初めて来られたお客様が皆さん驚かれるので面白い。
海水浴を目的に来られたお客様には提供しているサービスがある。それは組み立て式の簡易椅子とビーチパラソルの貸し出しで、無料なので結構多くの方々が利用されている。
夏に繁忙期を迎える海辺の旅館は冬の時期に集客につながる企画を打ち出さなければならない。菜穂子の旅館では予約制だが「クエ料理」と「河豚料理」の人気が高く、秋の松茸シーズンの季節限定の懐石料理から春を迎えるまではご夫婦で来られる方が多く、情報誌でグルメとして紹介されてから一気に予約電話が入るようになった。
一昨年の夏、砂浜にある海の家で販売されている海産物から食中毒事件が発生し、大変な騒ぎになって新聞機やテレビのニュースで採り上げられたことからイメージダウンになって組合が払拭させるのに多額の広告宣伝費を使った。
保険所の調査によると網焼きで店頭販売していたサザエ、ハマグリ、アサリや牡蛎に原因があったらしいが、料理長や厨房スタッフの話によると牡蛎は出すべきではないという意見で、火を通しても仲まで届かず殺菌は不可能だそうで、炎天下では絶対に避けるべき食材だと指摘していた。
浜辺には3軒の海の家が存在している。その内の1軒は旅館組合が管理しているものだが、食中毒問題を起こした海の家は俗に言われる露天商グループが営業しているもので、昔から営業権について問題が指摘されて来た歴史があり、これを機に行政と共に何度か会合を進めている。
こんな世界の利権とは複雑な問題が絡んでおり、古い時代の契約に関する資料もなく、組合の顧問弁護士に一任することになったが、想像以上の解決金を覚悟しなければならないという話も出ていた。
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