秀華が女将をしている旅館の従業員は正社員が34名、仲居の一部や大浴場の清掃、駐車場の管理清掃を担当しているスタッフはパート契約になっているが、先代社長の時代から継承されているのが社員の健康管理の重要性で、元気でなければ接客対応に影響を及ぼすという考えだった。
そんなところから社員に対する福利厚生に関して定期的な健康診断を義務付け、採血検査も3ヵ月に一回行うことにしており、費用は勿論全額会社負担となっていた。
また、一方で厳しいほど気を付けているのは料理長以下厨房スタッフの体調管理チェックで、料理長の協力を得ながら食中毒が絶対に発生しないように万全な対策を講じている。
先代社長の口癖に「人生も仕事もプロなら後悔することはするな。反省の範囲内で済むようにしろ」という言葉があり、旅館という仕事で何かミスをしてお客様に謝罪するようなことはするなということであった。
先代社長がよく教えてくれたことがある。それは謝罪する時のエネルギーとストレスは想像以上のもので、起こして学ぶ前に起こさないようにするべきというのが持論だった。
所属している女将会の会合で互いの体験や悩みを耳にすることがあるが、スタッフのミスから女将が謝罪しなければならないことが少なくないようで、「他山の石」の言葉を大切にしている秀華である。
ある女将の体験談には周囲にいた女将達が思わず笑ってしまった。ベテランの仲居が夕食時の配膳を担当していた時、鮎の塩焼きを出した際に「器も熱くなっていますのでお気を付けください」と伝えたら、お客様から「熱くないよ」と返され、手で触って確認したら冷たいままで、つい「チンしていませんでした」と言ってしまったという出来事だった。
女将がどんなに情けない思いで謝罪したかと想像するが、お客様も驚かれただろうと拝察する。
ミスとはマンネリの中で発生する危険性もある。勝手な思い込みも考えられるし、誰もが失念していたというケースがあるということで、その典型的なものが「誰かがやっているだろう」と思っていたら誰もやっていなかったということで、これらがミスにつながらないように責任者が重要となって来る。
秀華の旅館で苦い体験があった。浴衣、帯、羽織、足袋、タオルなどを今は全ての部屋にセッティングしているが、数年前までお客様を迎える部屋だけに対応していたら、スタッフのミスから準備されていない部屋へ案内してしまい、「すぐに「浴衣は何処に?」とフロントへ電話があって発覚したからだ。
「料理が出されるのが遅い」「天ぷらが冷たくなって美味しくない」「注文していた飲み物を忘れている」ということも日常茶飯事的に発生の危険性のある問題だが、ご注文に関してはお客様側が勘違いされているケースもある。「ワイン? 私、頼むのを忘れていたわ」と奥様の言葉に、ご主人は伝えていたと思い込まれていたという出来事である。
こんなケースは誤解が判明してクレームや謝罪に発展することはないが、時にはお客様側の責任問題からスタッフの責任転嫁というケースもあり、理不尽な思いで対応することもあるので旅館という仕事は大変である。
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