お客様のお部屋で聞かせていただく旅の体験談は貴重な情報源となっている。「これまでのご旅行でよかったサービスやもう一つだったサービスは?」なんて質問をすると結構詳しく教えてくださるので有り難いし、感じて参考になることがあればすぐにでも採り入れることにしているが、様々なサービスの存在があると驚くことも少なくない。
あるお客様が体験された話に信じられない思いを抱いた。ご夫婦で利用された超高級旅館として知られるところだったが、次のような話を聞かせてくださった。
「女将さん、信じられますか? 部屋の鍵がないのですよ。内側から掛けることは出来るのですが、大浴場に行く時などに掛ける外の鍵がないのです。仲居さんに尋ねたら、『当館はややこしいお客様は来られませんから』と言われたのですが、何か不安で2人一緒に大浴場に行く気はしませんでした」
そんなご主人のお話に続いて奥様がその旅館で体験された別の話を聞かせてくださった。
「フロントの横でお茶を呼ばれてから部屋に案内されたのですが、先導してくれる仲居さんの手に鍵はなく、長い廊下を歩いて部屋の前まで行くと扉が開いたままで、『お着きですよ』とその仲居さんが言うと、中から『お待ち申し上げておりました』と別の仲居さんが登場されたのでびっくりしました」
その仲居さんが部屋の担当をするそうで、「チェックアウトまでお世話を」と挨拶されたそうだが、考えてみればそんなシナリオは簡単に出来ること。お客様が案内される前に部屋に入っていればよい訳だが、初めて体験された方には確かにサプライズ的に受け止められるだろう。
「それからね、大浴場でびっくりしたことがあったの。脱衣場から戻ろうとしたら、部屋を出た時のスリッパではないスリッパが用意されており、タオル地の新品だったので気持ちがよくて、あれは気の利いたサービスだったわ」
「そうそう、部屋に案内された時の座布団と大浴場から戻って夕食する時の座布団が違っていたのも驚いたなあ。
「そうよね、ご到着の時はお疲れでしょうからフワフワ座布団で。お食事の時は動き易いように薄目の座布団でと説明されたわね」
お客様に伝わるようにしっかりとマニュアルストーリーが構築されているようだが、この旅館の知られざる拘りは有名で、それは、夕食時に出される「造里」の種類によって部屋の蛍光灯が換えられているのである。それは料理長の考え方から実践されていたらしいが、偶々料理が変わる連泊でもしない限り利用客に分かる筈はなかった。
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