中原という人物がいた。彼は小学生の頃に深夜に虫歯が原因の激痛に襲われ、その姿が尋常でない様子から、親が心配になって友人の歯科医に電話をして緊急治療を受けることになった。
「これ、どうして早く治療を受けなかったの?」と言って治療が始まったが、それは弾力のある細い針のような歯科医独特の医療器具で、傷んでいる歯の神経を抜くというものだった。
抜ければ痛みは消えるが、抜くまでは酷い激痛が伴う。その体験から彼はずっと歯科医恐怖症に陥っていた。
親のDNAからか、丈夫な歯の持ち主で、幸いそれからは痛みを覚えることなく年月が流れた。
青春時代を過ぎてやがて結婚。しばらくすると子供が誕生。平均的なサラリーマンとして家庭生活を営んでいたが、奥歯がひょっとしたら虫歯ではと疑問を抱くことになっていた。
2か月ほどすると少し痛みを感じ始め、間違いなく虫歯であると自覚したが、市販の鎮痛薬やテレビのCMで知った今治水などで対処していた。
そんな彼が家族の長として責務を考え始めたのは3人目の子供が誕生した時で、少なくとも成人させるまでは生きなければなんて思いから健康の留意に歯の重要性を認識し、この際に治療を受けるべきではと覚悟を決め、それを食事の時に妻に伝えたら、歯科医に嫁いだ友人がいることを教えてくれ、ちょっと遠かったがその友人に電話を入れて予約してくれた。
「何か過去に痛い体験をされて歯科医恐怖症だそうですね。早期発見、早期治療すれば痛い目に遭わないで済みますよ」
診察室の椅子に座ってそんなことを言われてから見て貰ったら、予想以上に悪化していることが判明し、5回ぐらい通わなければならないことになった。
歯科医の奥さんとなっている女性とは昔から友人関係があった妻の話によると、彼女のお父さんは中堅の建設会社の管理職で、ゴルフ場の建設を請け負って工事を進めていたら、ゴルフ場の経営状態が悪くなっていることが表明し、倒産でもしたら工事代金が最悪となる危険性から、お父さんはゴルフ場の役員として出向していることを知った。
当時のゴルフ場の会員募集は百貨店なども窓口になっており、入会金も今では考えられないほど低額だったが、ゴルフ人口そのものが少なく、会員募集は簡単ではない事情もあり、そんなところからオープンするまでに経営に支障を来したという事情があった。
やがて無事にオープンしたゴルフ場だが、中原はゴルフをしないのに、妻とその方面に出掛けた際に立ち寄ってレストランで食事をしたことが何度かあり、入会を勧誘されていたこともあった。
それから10年ぐらいの年月が流れた。また歯が悪くなったみたいで、妻に話をしたら歯科医他府県に移転したことを知り、最新の医療器具の購入に伴う保証金を貸し付けていることも打ち明けられた。
とにかく歯科医の世話になることは大嫌いだが、痛みという問題から「背に腹は」ということから10年前にお世話になった先生にならという心情があり、妻が電話で相談してみると、取り敢えず診察をしてみようということになり、指定され日に車で5時間掛けて移転したという歯科医へ行った。
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