都心から車で高速道路経由なら約3時間で来られる温泉地。大規模ホテルから小さな旅館まで十数軒の宿泊施設があるが、由美子が女将をしている旅館は100室を超える中規模な存在で、来館されるお客様の大半は大手旅行代理店からの送客だった。
50歳を過ぎた夫が社長を務めているが、都内を始めとする大都市の旅行代理店回りをして営業するのが彼の仕事で、小まめな営業努力がこの温泉地ではトップクラスの客室稼働率を誇っていた。
しかし、食材や人件費の問題もあり年々に厳しい現実を迎えていたが、最近になって紹介手数料の値上げの話もあり、抜本的な改革に取り組む必要に迫られていた。
そんな時に気付いたのが、夫が都心へ営業に行った際に利用する大手ホテルの最近の企画。ホテル内のクリニックと提携して1泊から3泊の人間ドックであった。
そこで興味を抱いて行動したのがそんな企画を打ち出しているホテルのHPによる情報入手。それらは観光地の旅館が採り入れているケースもあったし、建設する前にクリニックを中心に打ち出しているホテルがある事実も知った。
ある観光地の旅館では、2泊3日でガンの徹底した検査まで対応し、夫婦2人で50万円というのもあって驚いたが、大半がクリニックの検査料金になっても、それを目的に旅館にお客様を迎えることにつながれば結構なことだと単純に考えていた。
この企画を構築するには病院や医院との提携が不可欠だが、由美子は自分が日頃にお世話になっている病院や循環器と内科の医院、歯科医、眼科医の先生達にアポを取って提案してみたら、相手側も患者が増えることは歓迎で、渡りに船という具合に進展することになった。
企画を夫に話した時に驚かれたが、集客につながるメリットがあってもデメリットになることがないことが判断。積極的に実現させることに夫がスタッフを選んでプロジェクトチームを結成させた。
やがて1泊2日から3泊4日までの検査コースが設定され、歯科医も眼科医も選択可能という企画となった。
この企画を申し込まれたお客様にはグレードの高い部屋を提供することにしたし、料理長に特別な料理を考えて欲しいと伝えたら、彼も「こんなことなら大歓迎」と言ってくれたので嬉しかった。
「お疲れ様でした」「お身体チェックをされて第2の人生を楽しみましょう」「温泉で人間ドックを」などHPに掲載するキャッチコピーも考えたが、夫が営業に行った都内の大手旅行代理店が旅行会社の特別企画として打ち出したいと言われ、予想もしなかった展開が始まった。
結果として旅行会社の発信力はさすがに強く、多くの送客があって手数料を支払うことになったが、宿泊料金が高額になっていたので十分に採算が取れていた。
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