蓮美が女将をしている旅館は京都駅から車で40分弱という立地だった。今日一泊でご利用くださっているお客様は兵庫県の県立高校の関係者で、部屋担当の仲居からの情報によると校長、教頭、学年主任とPTAの役員が3名の6名一室で来られていた。
部屋に案内をしてお茶や茶菓子を出している間に彼女の耳に入ったことは、2年生の夏休みに修学旅行を実施することになっているそうだが、九州方面の地震から九州行きをキャンセルし、「日本の歴史と文化」というテーマで奈良、京都、琵琶湖方面に変更することになり、大手旅行会社が企画した提案書に基づいて立ち寄る場所を土、日の2日間で確認に来られていたものだった。
九州行きの予定だったのは、大阪から別府までフェリーを利用。そこからバスで大分、熊本、長崎と3泊して長崎空港から伊丹空港へ戻るホテル3泊、船中1泊の4泊4日の旅行だったが、変更したことによって学校からバスで奈良県へ向かい、奈良市内のホテル、京都市内のホテル、琵琶湖畔のホテルと3泊になったそうで、すでにそれぞれのホテルのチェックは4月の末に済ませていることを知った。
蓮美の旅館に宿泊したのは京都市内で立ち寄る予定の場所があまりにも観光地化してしまっており、日本の文化を体験するには和風の旅館を利用するのも悪くないというPTA会長の思い付きの行動だったが、蓮美の旅館では生徒数からすると物理的に無理なので他の旅館と行動でと思っていたらそうではなく、この温泉地を利用する予定はないことが判明した。
部屋で夕食が始まっており、蓮美がご挨拶に参上するとその会長という人物から想像もしなかった言葉が出て来た。
「女将さん、昨年の秋だったと記憶するのですが、この旅行雑誌で女将さんを採り上げる特集記事がありましたね。私は女将さんのことをそれで知って感銘を受けて『これこそ日本の文化であるおもてなし』だと思いましてね。今回の修学旅行の中で生徒達に講演をしていただきたいと思ってお願いに来たのです」
会場と予定されているのは京都で宿泊されるホテルだが、午後3時頃に到着して午後3時半から5時まで質疑応答を含んだ講演をと懇願されることになった。
会長はその雑誌を持参しており、同行されている全員が読まれたことを知り、何か無性に恥ずかしくなり、まさかこんな展開になるとは考えもしなかったことである。
「女将さん、校長ですが、この内容を拝読して私も感銘を受けましてね、こんな日本の文化の一面の重要性を生徒達に伝えることが出来ればと会長さんと意見が一致しましてね、今日は、我々6人が代表でお願いに参上し次第なのです」
「私は教頭ですが、この本を持ち帰って妻に読ませたら妻も感銘を受け、『生徒の皆さんに教えたいことですね』と言われましたが、意義ある修学旅行になって生徒達の将来に大切なことが教えられると確信しているのです」
その雑誌の取材で語ったことは、京都の旅館の仲居さんには「おもてなし」で褒章を受賞された方も2人有り、そこの女将さんも晩年に受賞されたことを紹介し、蓮美が憧れて大きな影響を受けた体験をドラマティックに構成され、この3人の方々のことについても詳しく綴られていたが、そんな蓮美の意識改革がこの学校関係者の皆さんの興味を抱かれたことを知った。
蓮美は「私でよければ」と依頼を受けることにしたが、生徒の皆さんを退屈させないような内容で、京都のおもてなしの文化について語ろうと考えている。
「サービス」と「おもてなし」は別のことというのが蓮美の持論だが、「日本の宿おもてなし検定」という組織まで登場しており、今や日本の旅館の接客は世界的にも注目されているようで、観光で日本を訪れた外国人がネットの社会で体験したことを紹介することもびっくりするほど増えている。
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