ある日、全国の温泉を巡るのが趣味という方がご夫婦で来られた。夕食時に部屋へ挨拶に参上すると、すでに大浴場に行かれて入浴をされて来たみたいで、奈苗が女将をしているこの旅館の温泉の湯の評価が始まった。
「女将さん、ここの湯は本物の温泉です。自信を持ってください。透明な単純泉ですが、肌触りが素晴らしく女性の中で美人湯として知られているだけありますよ」と言ってくれて嬉しくなった。
そんな言葉に奥さんが素朴な疑問を抱かれたみたいで、「温泉なら硫黄の香りがするでしょう。でもここはそれがなかったけど」というものだったが、ご主人は優しく諭すように解説を始めた。
「硫黄に香りはなく、あの独特の香りは硫化水素が地上の酸素と化学反応で生まれたもので、ここの温泉は硫黄泉ではないからだよ」
「女将さんもあちこちの温泉に行かれると思いますが、日本の温泉は本当に様々で、3分以上入浴することが出来ない塩分の濃い温泉もありますし、身体全身に泡が付着する炭酸ラムネ温泉も面白いですが、泥の中に入る温泉が印象に残っていますね」
泥湯は全国各地にあり、女性が美容目的で顔に塗布されるのを見てご主人が呆れている光景も見られるが、温泉とは火山と地震列島と呼ばれる我が日本列島の自然の産物であろう。
「タオルを入れると茶色になる湯もありますし、飲泉が可能というところも結構多くありますが、最近の温泉に関するニュースでは妊婦さんの禁避に関して解除変更されたことがありますね。
温泉に関する話題が多くて詳しいと思っていたら、ご主人は温泉に関する旅行雑誌の編集に携わっているそうで、自分でも「紀行」を掲載されることもあるそうで、今回の奈苗の旅館と温泉がどのように紹介されるのか気になりながらも、滲み出る人柄か、つい期待をしてしまう奈苗だった。
ご主人が「これは宿泊客に有り難いことだ」と言われたのが、観光組合が開設している共同湯への車での送迎と、姉妹館提携を結ぶすぐ近くの旅館の大浴場が利用出来るということで、両方の営業時間を説明すると「取り敢えず食事を終えたら共同湯へ行こうかな。共同湯がその温泉地で最も優れた源泉を利用しているというのも定説でしてね」と言われたので、時間を確認して車の用意をフロントに命じておいた。
奈苗の旅館では「外湯セット」という物が準備されている、必要な物全てを手提げ袋に入れているのだが、お帰りの時の足袋がオリジナルデザインで、女性の人気が高かった。
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