都心から在来線の特急列車で1時間半というアクセスで、駅からタクシーで10分というところから都内のお客様が多く、週末は2か月先まで予約がいっぱいという状況を迎え、スタッフ達と共に活気ある旅館の女将として日々尽力する蓉子だった。
蓉子は戦後生まれでもう還暦を超えている。そんな彼女がまさか自分が旅館に嫁いで女将になるとは想像もしなかったことで、学生時代に知り合った人物が旅館の後継者だったという運命の出会いがそうさせたのである。
蓉子が中学生時代に人気の高いドラマがあり、毎週家族で楽しみにしていたことがあった。それは「新珠美千代さん」が主演される「細うで繁盛記」という番組で、伊豆の温泉旅館に嫁いで大変な苦労をされる主人公の物語だった。
原作は「花登筐氏の「銭の花」で、1970年から始まったが、高視聴率で第二シリーズそして第三シリーズまで続くことになった。
主人公をイジメる嫌われ役を演じたのが「富士真奈美さん」で、その強烈なキャラが当時の話題となったものだ。
確か「山水館」だったと思うが、小さな旅館から大規模な旅館に変貌する紆余曲折のストーリーは花登氏ならではの世界で、今では想像出来ない視聴率を記録していた。
そんなところから蓉子は結婚して旅館に入る時、そのイメージが中々払拭出来ず、若女将としてスタートすることになった時も、料理長をはじめとするスタッフや仕入先の人達からイジメられる対象になると覚悟していたが、優しい女将の教育を受けながらそんな体験をしたことはなく、自身が恵まれた環境の中で現在に至ることを実感していた。
社長を務める夫のビジネス的センスも中々のもので、早くから外国語会話の可能なスタッフを入社させ、今や旅行会社では知られる外国客の多い旅館となっていた。
蓉子も若女将の時代から英会話学校に通い、その甲斐あって英語での対応が可能なので新人スタッフ達から驚かれているが、3年前から中国語の勉強も始めている。
外国旅行に出掛けて理解出来ることがある。それはどんなおもてなしを受けても言葉が通じなければ意味をなさず、会話が出来なければレストランでの食事も出来ないという現実に遭遇することさえあるからだ。
ハワイやパリの目抜き通りのレストランの前を通ると、イーゼルに日本語メニューが掲示されているケースもあるが、蓉子の旅館の道路側の玄関には館内にあるレストランのメニューが「英語」「韓国語」「中国語」「フランス語」で表示されており、飛び込みの外国人のお客様が立ち寄られることもあるが、面白いのはその中に他の旅館の宿泊を予約されている人達が少なくないことだった。
コメントはこちらから
あなたの心に浮かんだ「ひと言」が、誰かやあなた自身を幸せに導くことがあります。
このコラム「小説 女将、細うで繁盛記の思い出」へのコメントを投稿してください。