昭和の町は3つのコーナーが有料展示となっており入り口の窓口で入場券を買ったが、「よくぞここまで集めたなあ」と感心する展示物が並んでいた。
古い時代の絵本の展示物を見ながら「かぐや姫」の挿絵を昔に見たような気がして懐かしかったが、館内は閑散としていて寂しい雰囲気が漂っていた。
続いて昔の駄菓子がいっぱい展示されているコーナーに行った。当時に「当てもの」と呼ばれた物もあった。それは現代的に言うと抽選で何が当たるか分からないというもので、子供達の射幸心を煽るので人気が高かったものである。
一角に紙芝居の自転車が置かれていた。笙子が小学生の時代に10円の小遣いを貰って水飴を食べながら紙芝居を観た光景を思い出していた。
夫と笙子の出身地は全く遠く離れているので分からないが、夫も紙芝居を追い掛けていたのだろうかと当時の郷愁に浸った。
数人の男性達がワイワイとやっている。そこは昔のスマートボールやパチンコの機械が置かれたコーナーで、一人の男性が「懐かしいわ。これ、憶えているわ」と言って盛り上がっていた。
昔のレコードのジャケットがびっくりするほど多く展示されているコーナーもあったが、そこには見覚えのある物を幾つか確認出来てゆっくりと進んだ。
全てのコーナーを経て館外に出ると古い車が並んで置かれていた。小学生の頃に走っていた憶えのあるミゼットや三輪トラックもあったが、映画「三丁目の夕日」の銀座の場面で走っていた乗用車も数台あった。
その前を通って商店街の方へ行った。それぞれの店が何か当時の物を一品でも展示している企画もあるそうだが、笙子はタクシーの運転手さんから教えられていたミートショップのコロッケを食べてみたいと探していた。
如何にも古い時代の酒店の前に2人の高齢者がおられたのでコロッケのことを聞いたら、そこが次の辻を右に曲がった所にあることを教えて貰った。
そこはすぐに見つかった。店内に入ると「いらっしゃいませ」と歓迎される言葉で迎えられたが、何かコロッケを1個だけ注文するのも申し訳ないような気がしたが、表記されているコロッケの種類の多さにびっくり。コーンやカボチャもあったのでその二つを注文して、3分ほどで揚がったものを店内で食べさせて貰った。
運転手さんからもう一つ教えて貰っていたものがあった。それは昔の学校給食のコッペパンだったが、コロッケを二つも食べたので無理と判断。少し冷え込んで来たことからタクシー会社の車庫に行き、そこから宇佐駅まで行くことにした。
宇佐駅の切符売り場で次の特急列車の指定席を購入したが、発車時間まで30分ほどあったので駅前通りで目に留まったコーヒーの看板を見て喫茶店で時間つぶしをすることにした。
5分前に駅に戻ってホームで待つと、また同じ「白いソニック」が到着、小倉まで40数分の乗車となった。
小倉駅で「のぞみ」に乗り換えて戻って来たが、列車の接続や乗車券の得な購入方法は夫から教えられていたこともあり、「みどりの窓口」で伝えると担当者が驚いていた。
新幹線を乗り継いで在来線の特急列車を利用すると「乗り継ぎ割引き」が適用されるのだが、笙子が利用したように新幹線の利用を挟んで両区間で在来線の特急列車を乗車する場合には一方だけしか割引されないが、距離が長くて料金の高い方に適用されることになっている。
鉄道オタクだった夫だが、最近は「乗り鉄」「撮り鉄」の他に「録り鉄」や「葬鉄」という言葉も登場しているし、「女子鉄」「呑み鉄」という新語も聞くようになっており、そんな言葉を耳にすると夫の言葉を思い出してしまう笙子だった。
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