夕食時間にお客様それぞれの部屋に参上し、ご挨拶するのが日課となっているが、そこお客様から拝聴する様々な情報が大いに役立つことになり、何より貴重なひと時となっている。
その日、最上階の客室から順に回り時始めたが、3番目のお部屋のお客様のお話には興味を抱き、自分も行ってみたい思いを抱いた女将の由奈子だった。
「お客様、これまでにご利用されたホテルや旅館で印象に残っておられるのは?」という質問をしたら、ご主人が次のように言われた。
「あちこち行ったけどね、今春に行った九州の日田の温泉はよかったねえ。屋上から川が見えるのだけど、その開放感は初めて感じたレベルで、もう一度行きたいと思っているのです」
それは、「小京都の湯 みくまホテル」で友人ご夫妻と4人で行かれたそうだが、部屋食は3人まで、4人以上になると個室の食事処が準備されているそうで、料理の内容も宿泊料金からすればびっくりするほど充実した内容だったそうだ。
「女将さん、行ってみる価値観はありますよ。あの屋上の露天風呂からの眺望は最高でしたから」
奥様がそう続けられたことから余計に行ってみたくなったのだが、交友関係のある女将仲間が九州の二日市温泉、黒川温泉、平山温泉、玉名温泉、内牧温泉にいるので声を掛けて一緒に行ってもいいかなと思った由奈子は、全ての部屋への参上が終わると事務所に戻り、日田温泉や天ケ瀬温泉へのアクセスを調べていた。
久留米から「ゆふ高原線 九大本線」を利用するのが便利なようだが、大分駅から湯布院を経由して向かう行程もあった。
そんな情報を時刻表を見ながら調べていると、鉄道マニアである事務所の男性スタッフが「日田ですか、九州ですか、少し路線は違いますが、『篠栗線(福北ゆたか線)に』大相撲の関取だった『かいおう』の名前が付いた特急列車走り、博多と直方を結んでいるのですが、九州内の列車のグリーン車料金は本州内と比べると安いのですが、この『かいおう』は300円で利用出来ます。『かいおう』関が現役時代は、勝利すると花火が打ち上げられていたのも有名でした」
由奈子の夫が社長だが、彼も大学時代から自分で「鉄オタ」と言っていたので北海道から九州まで、様々な興味深い鉄道情報を話してくれるが、この「かいおう」については夫から聞いたことはなく、彼がお客様に説明するために度々フロントへ呼ばれている光景を目にしたこともあり、これも旅館にとって大切な「人<財>」と思った。
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