明日香が女将を務める旅館の社長は夫である。旅行会社や地元の企業への営業活動をしているが、旅館内の仕事は女将である明日香に任せていた。
そんな社長が1周間ほど前に掛かって来た電話で話していたことが気になった。それは社長に会いたいというアポの電話で、今日その人物が来館することになっていた。
1階のラウンジでお茶を飲みながら社長が対応していたが、1時間ほど会話を交わしてお帰りになった。
「何の営業だったの?」と明日香が聞くと、夫は「有り難い話でね」と説明してくれたが、人の良い疑うことのない社長の行動が心配でならなかった。
その人物が持参して来た資料を見たら、「選ばれた100名館」というタイトルがあり、建物の全景、大浴場、貸切露天風呂、客室3室の写真を掲載したグラフ誌を刊行するそうで、社長の話によると「当館も選ばれた」と喜んでいたのだが、明日香には何かおかしなイメージを抱き、詳しい内容まで夫に質問を始めた。
「これ、無料じゃないでしょう。旅行会社や鉄道会社が監修する情報雑誌なら信頼出来るけど、有料のビジネスもあるので要注意よ」
「いや信頼して大丈夫だと思うよ。掲載料10万円だったし、発刊したグラフ誌は1冊1000円で購入出来ると説明していたよ」
「その購入がおかしいわよ。一般の人達に出回るものではなく、掲載を申し込んだ旅館やホテルに購入させてお客様に配るというシステムで、それがビジネス目的と考えられるわ」
そんな夫婦のやりとりがあり、明日香は念のためにと観光組合に電話をして確認してみたら、最近のそのビジネスが問題になっており気を付けて欲しいという情報を耳にすることになり、すぐに社長に断るようにと相談した。
「100選」「名館」「五つ星」なんて言葉に流されるケースも多い世の中だが、格付けをビジネス展開している組織もあり、基本的な設備が整っていれば後はお金で星が買えるという事実を知って落胆したこともあるので明日香はこんな問題に神経質になっていた。
一方の夫の楽天振りは相変わらずで、知らない内に巻き込まれて被害が出た出来事もあるが、本人は余り気にしていないようで。これからも絶対に目を離さないようにしなければと思う明日香だった。
ネット社会になってややこしい組織が暗躍していることも現実である。いくら旅館やホテル側が気を付けていてもご覧になるお客様が騙されてしまうケースもあり、知らないところで宿泊施設が巻き込まれる恐れもある。法律の専門家の解説によると「善意の第三者は守られる」という考え方があるそうで、加害者の「やり得」になることもあるので理不尽である。
ネットのHPはバーチャルな世界で、いくらでも組織を大きく見せることは可能である。そんなところから信用してしまってお客様が被害に遭われる危険性がある。紹介ビジネスもその一つだが、観光組合や女将会の中でもそんな話題が増えた昨今に明日香も悩んでおり、予約担当のスタッフに気を付けるように命じていた。
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