在来線の特急列車停車駅から路線バスで30分というアクセス、そこに百合香が女将をしている旅館がある温泉地だが、山間部を走る高速道路の最寄りインターチェンジから20分なので最近は高速道路を利用される車のお客様が多くなっている。
海への河口から上流へ遡ると両側に十数軒のホテルや旅館が並んでいるが、今、観光組合も地元の役所も深刻な問題が浮上しているところから地元選出の国会議員を窓口にして陳情をしていた。
日に2便だけ大都市から結ばれている航空便が、利用者が少ないところから赤字路線となり、今年いっぱいで運航中止という予定になっているからだ。
10年ほど前は高速道路のインターチェンジもなく、飛行機を利用された人達も多くあり、ジェット機が投入されていたが、今では小型のプロペラ機になっており、利用されたお客様の声にも「あれは怖かった」という感想も多く、敬遠されている事情もあると言われていた。
県会議員から知事に申請したのは県による補助金の要望で、航空運賃の一部を県が観光客の誘致目的で補助するというシステムで、地方空港の一部で実施されているところもあった。
地方空港の中には、地元に在住する人達が利用する場合に県が補助金を出しているところもあるが、観光客を対象とするのは難しい問題があった。
そんな会合の中で出て来たのが過去に鹿児島県で物議となった知事の発想提案。中国との定期便の存続のために職員全員を研修目的で中国へ行かせるというもので、パスポート申請の費用まで負担する計画に県民が異論を唱え、マスコミでも大きな話題になった出来事だった。
一時的に利用者を勧誘するのではなく、何かインパクトのある誘致のキャッチコピーが重要だし、各ホテルや旅館でも知恵を出し合うように言われているが、簡単に答えが見つかるものでなく、百合香は焦燥感に苛まれながら観光組合の会合に出席していた。
組合長が悲観的な言葉で説明している。どうやら国や県からの補助金に関しては無理らしく、地元の町と観光組合が協力して集客につながる企画を立ち上げなければならず、アドバイザーとしてコンサルタントも迎えて意見を求めていた。
「航空会社は厳しい状況では運航を中止するのは当たり前のことです。慈善事業ではありませんし、株式会社としては必然なのです。搭乗率が現在の状況ではここまでよく続いていたと思います。皆さんが運航の存続を願われるなら、お客様が歓迎しながら話題を呼ぶようなキャンペーンが重要でしょうが、一時的、突発的なものではなく、これからの将来にずっと影響を及ぶものでなければなりません」
会場がシーンと静まり消沈する雰囲気になっている。そこで組合長が苦渋の選択という意見を提案した。それは町と組合の両者が負担して空港から温泉街まで無料バスを走らせるというもので、現在の路線バスは一度市内のバスセンターへ行き、そこから乗り換えるという不便もあるが、それを直通にして無料とすれば間違いなく歓迎されるだろうし、集客が期待出来るのでやってみる価値はあるだろうと賛同が得られ、各会員がそれぞれ同額の負担金を供出することでまとまり、取り敢えず空港の航空会社の事務所にその旨を伝えることになった。
直通バスとなれば空港から30分以内で到着出来るので現在の1時間の半分となる。その事実を宣伝で訴えることが出来れば利用客が期待出来るということになったが、バスは地元のバス会社からチャーター契約をすることになり、バス会社も協力してくれることとなって経費もかなり抑えられる企画となった。
後で知ったことだが、この発想はコンサルタントが指摘されたそうで、今期で引退される組合長の最期の花道の仕事として発表されたものだった。
果たして集客につながるのだろうか。また、航空会社が運航中止を方向転換してくれるのだろうか?
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