嘉穂が女将をしている旅館は和風で、その建築を担当した人物が著名な建築家で、撮影を目的に見学に来られる人も多い。
全室で26室あるが、全て内風呂が存在しているが、1階にあって中庭に面して露天風呂付客室4室だけが源泉から温泉を引いているが、それ以外は温泉ではないことをはっきりと打ち出している。
事務所の若いスタッフ達が相談して社長に提案書を出したのは昨年の秋だったが、すぐに社長が管理職のメンバーと稟議、やがてそれを実行されることになった。
案内パンフを製作して各部屋の洗面場に掲示しているそで大半の利用客から「お願いします」とフロントへ電話が入る。部屋担当の仲居達それぞれが直接頼まれて持参するケースもあるが、今日表を博しているサービスとなっている。
「こんな物を本当に提供しているのか?」と思われることは覚悟しての決断だったが、正直言ってこんなに歓迎されるとは想像もしていなかった。
それは「バスクリン」が開発して販売している「日本の名湯」という薬用入浴剤で、案内に明記されているのは次のような内容だった。
「日本の名湯は、厳選した温泉地の湯室を徹底的に分析。さらに開発者が、各温泉地の方と共同企画のもと、歴史・文化・景観を一つ一つ現地調査・研究した、個別処方設計です」
効能としては「疲労回復・肩のこり・冷え性・腰痛・神経痛・リウマチ・痔・荒れ性・あせも・しっしん・にきび・ひび・あかぎれ・しもやけ・くじき」とあるので許可を出した社長自身も使用しており、「香りがいいし、本当に温泉に入っているみたいだ」とご機嫌の様子だ。
「鳴子(宮城県)重曹湯・那須温泉(栃木)芒硝湯・野沢(長野)芒硝湯・奥飛騨(岐阜)重曹湯・美作湯原(岡山)弱アルカリ性重曹湯・道後(愛媛)弱アルカリ性重曹湯・登別カルルス(北海道)重曹芒硝湯・乳頭(秋田)含マグネシウム重曹湯・山代(石川)芒硝湯・黒川(熊本)重曹芒硝湯」
セットされている10種類は上述した内容だが、「お風呂をあの名湯に」というキャッチコピーの他に、「赤ちゃん(生後3か月以上)と一緒に入浴する時も使えます」と明記されている中に「本品は温泉と全く同一というわけではありません」とお断りもある。
「日本の名湯」という商品名のサイドに「源泉の愉しみ、10種の名湯めぐり」とあったが、各温泉の特徴についても紹介されていた。
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