新聞の広告のページにびっくり企画が掲載されていた。4泊5日で最寄り駅から稚内まで行き、そこから鹿児島最南端まで縦断する行程で最寄り駅に戻るものだが、フルムーン利用なのでグリーン車で一人「11万円」となっていた。
宿泊地は「稚内」「函館」「東京」「指宿」となっていたが、ちょっと体力がなければ難しい強行スケジュールのような思いがした。
九州内を走る観光列車以外は客室乗務員と車内販売を撤廃するというニュースがあったが、博多と鹿児島間を走っていた「つばめ」の客室乗務員の制服が気に入り、それを確認に改めて乗車した思い出もあるので寂しく感じている。
桜島が爆発的噴火して降灰が懸念されている。もう20年以上前のことだが、熊本県側からえびの高原を経て鹿児島県に入ったら、黒い車が灰色になってびっくりしたし、雨でワイパーが降灰で動き難くなったことがあったのを憶えている。
鹿児島から宮崎を走行した際、生駒高原というところのコスモスが見事だったことが印象に残っているが、10月だったことを記憶している。
今は関西汽船まで「さんふらわー」になっているが、初めて「さんふらわー」が大阪南港と鹿児島に就航した当時に利用したことがあった。現在は志布志港往復となっているが、当時は志布志経由で鹿児島港に運航されていた。
今のフェリーより大型で船内も豪華だったのを憶えているが、何度も利用したことがあるので懐かしい。
大阪南港と宮崎を結ぶフェリーも様々だった。日向細島港、宮崎港の両方に思い出があるが、26ノットの高速で知られた「美々津丸」を利用したこともあるし、来島海峡で韓国の貨物船と衝突して沈没してしまった神戸航路の「さいとばる」にも乗船したことがあった。
フェリーの航路は第一航路と第二航路が設定されており、高知沖の太平洋が強風などで荒れている時は瀬戸内海を航行する第二航路が選択されるが、「さいとばる」もその時は強風による第二航路での海難事故であった。
衝突から浸水して船体が傾き始めて沈没してしまったが、乗客全員は乗員達の指示で全員別の船に救助され、船長が乗客と乗員が誰もいないことを確認してから最後に下船したと伝えられており、韓国で発生したフェリー事故とは全く異次元の対処のように思える。
因みに現在の高速フェリーは舞鶴と小樽を結ぶ新日本海フェリ―の「はまなす」「あかしあ」で、「30,5ノット」なので1万トン以上の大型フェリーなのに、時速に換算すると「54・9キロ」になるのでびっくりである。
今日の写真は新日本海フェリーの「あかしあ」丸。北海道を車で走るのが夢だったが、大病を患い叶わなくなってしまい残念である。
宿泊地は「稚内」「函館」「東京」「指宿」となっていたが、ちょっと体力がなければ難しい強行スケジュールのような思いがした。
九州内を走る観光列車以外は客室乗務員と車内販売を撤廃するというニュースがあったが、博多と鹿児島間を走っていた「つばめ」の客室乗務員の制服が気に入り、それを確認に改めて乗車した思い出もあるので寂しく感じている。
桜島が爆発的噴火して降灰が懸念されている。もう20年以上前のことだが、熊本県側からえびの高原を経て鹿児島県に入ったら、黒い車が灰色になってびっくりしたし、雨でワイパーが降灰で動き難くなったことがあったのを憶えている。
鹿児島から宮崎を走行した際、生駒高原というところのコスモスが見事だったことが印象に残っているが、10月だったことを記憶している。
今は関西汽船まで「さんふらわー」になっているが、初めて「さんふらわー」が大阪南港と鹿児島に就航した当時に利用したことがあった。現在は志布志港往復となっているが、当時は志布志経由で鹿児島港に運航されていた。
今のフェリーより大型で船内も豪華だったのを憶えているが、何度も利用したことがあるので懐かしい。
大阪南港と宮崎を結ぶフェリーも様々だった。日向細島港、宮崎港の両方に思い出があるが、26ノットの高速で知られた「美々津丸」を利用したこともあるし、来島海峡で韓国の貨物船と衝突して沈没してしまった神戸航路の「さいとばる」にも乗船したことがあった。
フェリーの航路は第一航路と第二航路が設定されており、高知沖の太平洋が強風などで荒れている時は瀬戸内海を航行する第二航路が選択されるが、「さいとばる」もその時は強風による第二航路での海難事故であった。
衝突から浸水して船体が傾き始めて沈没してしまったが、乗客全員は乗員達の指示で全員別の船に救助され、船長が乗客と乗員が誰もいないことを確認してから最後に下船したと伝えられており、韓国で発生したフェリー事故とは全く異次元の対処のように思える。
因みに現在の高速フェリーは舞鶴と小樽を結ぶ新日本海フェリ―の「はまなす」「あかしあ」で、「30,5ノット」なので1万トン以上の大型フェリーなのに、時速に換算すると「54・9キロ」になるのでびっくりである。
今日の写真は新日本海フェリーの「あかしあ」丸。北海道を車で走るのが夢だったが、大病を患い叶わなくなってしまい残念である。
コメントはこちらから
あなたの心に浮かんだ「ひと言」が、誰かやあなた自身を幸せに導くことがあります。
このコラム「心残りなこと」へのコメントを投稿してください。