新幹線と在来線の駅が直結する最寄り駅からタクシーで10分、そこに善子が女将を務める旅館があった。
大小40数軒もホテルや旅館が存在しているが、この数年は利用客が減少している傾向があり、観光組合や地元の役所もその対策に頭を悩ませていた。
随分と歴史が古い名湯として全国的に知られてはいるが、若い人達に人気がないみたいで、専門家を招いてアドバイスの中で「若い人達のハートを重視するような意識改革が必要」と指摘され、組合と行政でずっと協議しているこの頃だった。
善子の旅館はこの地で1,2を争う高級旅館で、スタンダードルームを2人で利用しても1泊2食で一人3万円というのだから、それこそ若い人達には敬遠されているようだった。
「中学生以下のお子様の同伴はご遠慮いただいております」とHPに表記しているように、静寂な館内でお過ごしいただきたいというのがこの旅館の重視するコンセプトだが、何度もご利用くださるお客様もあって健全な経営を持続して来ていた。
そんな旅館にこの季節を迎えるとセッティングするサービスがある。それは紅葉の季節から山間部で冷え込むところから「やぐら炬燵」と「湯たんぽ」の用意で、高齢者で足が冷えるという人達が想像以上に多いという体験からだった。
部屋食は料理の関係から大きなテーブルが必要だが、善子の旅館には長方形タイプの特注の「やぐら炬燵」があり、利用されたお客様から好評を博している。
「湯たんぽ」に関して昔はブリキ製の物が普通だったが、包装している袋からはみ出た場合に火傷をする場合が考えられ、プラスチック製のタイプにしている。
各部屋に「湯たんぽの用意をいたしております。ご遠慮なくお申し付けください」という表示をしているが、中には「懐かしい」と言われて持参するケースもあるが、昔のブリキ製のイメージではないところから驚かれることも少なくない。
今年の2月のことだった。あるお客様が電話予約された際、足が冷えることを訴えられ、電気毛布の準備を頼まれたが、布団の下に敷く電気カーペットと「湯たんぽ」で対応させていただき喜ばれたこともあった。
お客様も様々で、露天風呂のある部屋を予約され、湯の温度まで指定されたこともあったが、水温計を持参されて確認されていたので担当の仲居が驚いて善子に報告をして来たこともびっくり体験である。
善子の拘りは徹底している。炬燵の布団や湯たんぽの袋の柄まで自分で決めており、そのコンセプトとして重視しているのは「品」である。派手な物は避け、暗い物も選択しておらず、落ち着いた和風の環境を大切にして決定し、それらはスタッフ全員が納得をするイメージとなっている。
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