旅館の後継者と結婚して若女将となり、女将が引退されて女将と呼ばれるようになって4年が過ぎ、真奈美ももうすぐ満50歳を迎えようとしていた。
実家は歴史ある古都の旧家で、伴侶との縁は東京の大学のサークル活動だった。
実家の父が亡くなったのは先月だったが、菩提寺の本堂で満中陰の法要が行われるところから参列したが、施主を務める弟が決めた「御斎(おとき)」と会食の会場について「おかしい」と指摘することになった。
会場に選択されたのは菩提寺のすぐ近くにある有名な高級料亭だが、法要の「御斎」を歓迎しているパンフレットまで存在しているのに「位牌」と「遺影」は飾っていないのはどういうことかと質問したら、弟が言うにはそれは料亭から「ご遠慮ください」と禁止されている事実が判明した。
真奈美の旅館でも何度か法要を担当しているが、少なくともご遺影をお飾りして「献杯」から「御斎」を初めている、いくら一流の料亭であっても遺影も飾らずに会食するのはおかしいと発言したのだが、それは出席者全員も同意見で、それなのにここに決定したのはここの高レベルな料理への期待で、出席される方々に対する施主の気持ちからだった。
決まってしまっているのでどうしようもないが、姉として親戚の皆さんの手前、弟に対する言いたいことをしっかりと伝える必要もあり、次のように謝罪した。
「今日は父の満中陰法要のためにご出席くださいまして心から感謝申し上げます。弟が皆様に特別なお料理をと考えてこちらを選択したようですが、そもそも優先順位が間違っています。父につながるものをご遠慮くださいという会場は避けるべきだったと思います。どうしてこの部屋の中で遺影を置けないのか理解出来ませんが、ここを選んだ弟に悪気はなかったようですのでお許しくださいませ」
そんな挨拶が終わって父の弟による献杯の発声から会食が始まったが、弟から聞き出した料理の予算を耳にして信じられなかった。何と一人「22000円」の料理で、「やっと予約が取れたのだからラッキーだったよ」と返した弟に「優先順位が間違っています。もっとしっかりしなさい」と厳しい姉の一面を見せ、病院から許可を貰って抜け出していた母が「勝気な性格はそのままだね」と言われたが、弟が母に対する親孝行の思いもあってここに決めたことも理解した
「お母さん、早く良くなって退院したら温泉に来てね。膝と腰の痛みが軽減する効能があるし、観光バスでやって来られた団体さん達が、杖を忘れてお帰りになったことも多いのが話題を呼んでいるの」
真奈美の旅館は温泉マニアの世界でかなり知られる存在になっているが、過去に宿泊された著名な温泉マニアの方が、「温泉の効能で最も効果があることは、今、温泉に来ているというリラックス感なのです」と解説された言葉が印象に残っている。
コメントはこちらから
あなたの心に浮かんだ「ひと言」が、誰かやあなた自身を幸せに導くことがあります。
このコラム「フィクション 女将、法要でびっくり」へのコメントを投稿してください。