華乃は女将がブログを書く時のペンネームだが、更新しようと考えていた中で記事になるような出来事が起きた。
その日のお客様達の到着を迎えるために玄関にいた時、フロントのスタッフがやって来て「女将さん、お電話です」と言うことからフロントへ行った。
電話の相手は同じ温泉地にあるすぐ近くの旅館の女将で、彼女とは随分昔から友人関係もあった。
「華乃です。どうしたの?」と質問したのはこの時間帯は女将にとって忙しいからで、こんな時間に電話があるとは<ただ事ではない!>との思いもあったからだ。
「華乃さん、助けて。お願いがあるの」から始まった頼み事は、何かの手違いで次の日の宿泊予定のお客様が前日なのに来館されたそうで、なぜそうなったかを調べる前に満室で受けられない状態なので、取り敢えず保険みたいな考え方で華乃に頼って来たものだった。
幸いにしてその日は1室だけ空室がある。彼女の旅館と同じレベルの内容なので問題はないが、こんなトラブルに巻き込まれたお客様の対応は神経を遣う。そこでなぜこんなことになったのかを調べて教えて欲しいと伝え、電話があればお客様をお迎えに行くからと返して電話を切った。
それから数組のお客様の到着を迎えていると、彼女がお客様らしい二人連れを伴ってやって来た。
「こちらの旅館の女将とは昔から友人関係にありますし、当旅館よりもグレードの高い旅館ですからご安心を」なんて紹介してくれるのだから戸惑ってしまうが、担当の仲居が部屋へ案内した後に彼女から経緯について聞くことにした。
「一時はどうなるかと思ったわ。もしも当方の予約担当者のミスだったらとゾッとしたのだけど、予約をいただいた際にメールかFAXで返信確認した控えを残すマニュアルが功を奏したみたいで、お客様の勘違いから『この日だ』と思い込まれて前日にやって来られたことが分かったの。正直言って、ホッとしたわ」
彼女はそう言うと2人分の宿泊料金を現金で託し、「あのお客様からお金は頂戴しないでね」と言ったので驚いた。
トラブルの原因はお客様側の問題だと判明したが、お客様に嫌な思い出を与えたくないという彼女の配慮で、明日のチェックアウト時に困惑されるお客様のことを想像しながら、改めて旅館というサービス業の女将の「器」を学ばせて貰った気がした。
コメントはこちらから
あなたの心に浮かんだ「ひと言」が、誰かやあなた自身を幸せに導くことがあります。
このコラム「フィクション 女将の学び」へのコメントを投稿してください。