その日、43名様の団体の客様を迎えており、夕方の4時半頃に到着されると聞いていたので女将の八代が玄関で待っていた。
大手旅行会社からの送客で添乗員はないが、毎年恒例になっている団体さんだそうでくれぐれもよろしくと言われていた。
やがて大型バスが到着。幹事さんが最初に降りられ、八代の姿を見て「女将さん、お世話になります」と丁寧に挨拶をされた。
ご夫婦の方々も4組おられ、その方々にはそれぞれの部屋をご用意。その他のお客様は4人部屋が8室、3人部屋が1室準備して、お食事は夕食も朝食も大広間となっていた。
皆さんがロビーに入られた時に歓迎のご挨拶をしてから支配人がルームキーを幹事さんに託し、それぞれのお部屋の名簿が記入された案内プリントに添え、館内の施設に関する説明書と夕朝食の時間と場所も明記されたプリントを皆様に配布した。
お客様方が仲居達の案内でそれぞれの部屋に向かわれたが、幹事さんがロビーに残り、「女将さん、ちょっと話が」と言われた。
その話は想像もしなかったことで、ご夫婦で来られている一組のお客様にいつも問題があるので困っており、今回も参加させないようにという意見もあったそうだが、組合員として会費を受け取っているのだからそれは無理ということで参加させたらしいが、毎回何か問題が出ているそうで、今回も何かあったらよろしくと頼まれた。
それから10分も経たない内に部屋担当の仲居から「女将さん、ちょっとお願いします」とフロントへ電話があった。
「私の担当のお客様が女将を呼んで欲しいと言われているのです」と連絡があって行ったのが、どうやら幹事さんの言われたご夫婦のようで、何を言われるかと想像と覚悟をしながら参上した。
「女将さん、悪いけど部屋を変えてくれないだろうか」
部屋に入って座るなりそう言われて驚いたが、部屋の清掃にでも問題がと思っていたらそうではなく、窓から見える景色の中に電柱と電線が見えるのが気に入らない「こんなリラックスを求めてやって来る場所に、あれが見えると興醒めしてしまう」という問題で、もしも幹事さんから聞いておらなかったら反論していただろうが、こんなご無理を仰るご夫婦なのねと自身を納得させ、別の部屋を準備して対応することにした。
フロントに戻ると担当の仲居がフロントのスタッフ達と「信じられない!」と呆れていたが、幹事さんから頼まれていたやりとりを説明し、お帰りになるまでにどんな難題が生じるかもしれないが、決して慌てないようにと伝える八代だった。
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