女将の志摩子は、数日前に参加した女将会の講演で講師を務めていた人物の話が気になっていた。ネット社会になって多くのホテルや旅館の関係者がブログを発信している事実があるということで、「女将のブログ」「社長のブログ」「スタッフのブログ」「仲居のブログ」「若女将のブログ「若旦那のブログ」などがいっぱいあるというものだったが、それぞれの「独り言」というタイトルも多かった。
志摩子の旅館のすぐ近くにある観光ホテルの女将もブログを発信していることを知っていたが、過日に会った時に「閉鎖したい出来事があってね」と嘆いていたことがあった。
「私ね、ブログを初めて3年になるの。石の上にもという言葉から3年は続けようと努力して、3日毎に発信して来たのだけど。半月ほど前にある口コミサイトの書き込みを見て衝撃を受けたの」
それは誰でも書き込みが可能な口コミサイトだったが、感想文を書き込んでいるのに旅館側の返信がなく「ブログを発信する暇があったら返信を優先させるべきでは?」と書き込まれていたと言うのである。
そんな書き込みを読んだ彼女のショックは想像以上のものだったと拝察するが、ネット社会には誹謗中傷や攻撃の書き込みも多く、話題を集めるために意図的なシナリオを描く人物が存在したり、俗に言われる「炎上商法」を目的とするビジネスも登場しているのだから始末が悪く、善意の人達が悪意の攻撃を受け、続けていたブログを閉鎖されたケースも少なくない事実が起きている。
ホテルや旅館の評価に関して、ある口コミサイトで話題になった事件があった。それは利用したという客が「部屋も最悪。スタッフも最悪。料理も最悪。大浴場も最悪。2度と行かない」と旅館名を晒して書き込んでいたもので、立腹した女将が「最低のお客様でした。2度と来ないでください」と返信したのだから炎上したのは言うまでもなく、それから3ヵ月程経過してもエスカレートする様相が続いていた。
また、別の口コミサイトに「コスパ的に納得出来ない」と書き込んだ利用客に対し、「1泊2食付きで部屋や寝具を提供し、旅行会社に紹介手数料を支払うお客様に1万円でコスパを批判されたら立つ瀬がございません。どうかそんなコスパを得られるホテルか旅館を見つけられますよう祈っております」と嫌味たっぷりに返信していたが、これは第三者が女将側を応援する人が多く、「1万円で文句は言えないのでは?」なんて反論が多かった。
そんな事実を志摩子が学んだのは、若い事務スタッフから教えられて開いたネットの世界からだったが、怖い社会になっている事実を学ぶと同時に、同業の人達に面白い発想をしている人がいることも知った。
ある旅館の若旦那のブログだった。「当館は食材に拘っていますが、来館されるお客様にも拘っています。値打ちの理解出来ないお客様や現実しか求められないお客様はご遠慮申し上げますので他の旅館へどうぞ」と書いていたからである。
結婚して旅館に嫁ぎ、若女将という立場になってブログの発信を始めた人もいた。彼女は発信してから2年以上経過するが、出産の時期に休載しただけで現在700号を迎えている。文章表現力も素晴らしく志摩子もずっと訪問しているが、一度宿泊に利用してゆっくりと話してみたい心情になっている。
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