28室のコンパクトな和風旅館だが、創業した先代が料理人だったこともあり、夕食と朝食の内容は高度なもので、それを目的に何度もやって来られるお客様もあるので嬉しいが、料理長以下厨房のスタッフも自分達が提供する料理に誇りを持っており、うまく相乗効果につながっているのかもしれない。
そんな旅館の女将が和美だが、彼女は日課で大変な作業をしていた。それは、部屋食でお客様が苦手な料理だったことを担当の仲居達に確認し、それをパソコンに打ち込んでデーターベース化しており、リピーターとして来られたお客様に料理の配慮をしていたのである。
同伴されるお客様のお名前を伺うことは不可能なので考えたのが風貌の記録で、それは部屋へ挨拶に参上した際やチェックアウト時に自分の記憶の引き出しに収録し、パソコンに打ち込む際に思い出すという一つの特技みたいなものであった。
苦手な料理に手を付けず、もう一度訪れたら全くその食材が出て来ないところから、「ラッキー!」と思われるお客様のために裏側にはそんな苦労があった訳である。
これらの慣習は今やスタッフ全員のチームワークとなって自然に形成されており、仲居や厨房からルームナンバーの書き込まれた細かい情報メモが女将に届くシステムになっている。
そんなことを始めてからかれこれ10年の月日が流れたが、パソコンの中にはこの旅館の財産という貴重な情報が残っており、そのパソコンは「非常時持ち出し」の対象ともなり、スタッフ全員がそのことを把握している。
こんな面倒なことを先代女将はノートに筆記していた歴史があり、それは和美が女将を引き継いだ時に手渡され、宝物のように大切に保管してあり、暇な時間があればデーターの入力に追加しているのでそんなことが趣味のように思われていた。
年賀状と暑中見舞いを差し出すこともしていたが、これはご家族やご夫婦とはっきりと確認出来たお客様だけ。もしも不倫の関係で来られているお客様に差し上げたら大変なことになるので要注意である。
旅館やホテルで神経を遣うのは忘れ物と部屋に残されたゴミである。忘れ物はこちらから連絡することは問題もあり、お客様から電話があるまで保管しているが、各部屋で残されたゴミ箱の中身は生ゴミ以外をビニール袋に入れ、1週間保管してから処分する対応をしている。
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