佳苗が女将をしている旅館で今日も会議が行われていた。いつも全てのお客様がチェックアウトをされてから行っているが、出席者は社長と女将、総支配人と副支配人、事務長と料理長、仲居頭となっており、今日で4回目の会議だった。
テーマとなっているのは「インクルーシブ」という館内システムを導入するべきか否かということである。
「インクルーシブ」とは宿泊されたすべてのお客様がの利用されるサービス提供を全て含んだ料金設定にするというもので、「湯上りドリンクやアイス」「夕食と朝食時のお飲み物」「バーラウンジでのお飲み物」「お部屋内にある冷蔵庫やドリンクバー」「大浴場に行く廊下の途中にある茶室での呈茶」「ロビーラウンジでのドリンクとスイーツ」など全てが含まれているというシステムだが、アルコールを飲まない人、スイーツを避けていると考えられる人などを想定して、価格設定をどの程度に決定するかでずっと結論に至っていなかったものである。
「部屋の冷蔵庫内の物も含まれていると考えると持ち帰ってもよいと誤解されるケースもあるでしょうし、お酒を浴びるほど飲まれるお客様と一切飲まれないお客様との不平等も難しいし」
そんな料理長の意見も最もなことだったが、この発想提案をしたのは佳苗の夫である社長で、集客の画期的なキャッチフレーズで訴えたいというものだった。
賛成案は誰もおらず。社長独りが熱く訴えているだけだが、出席者で最も高齢の総支配人が「一長一短があるものは始めてから中止することが出来ないことを理解し、手を出さないのが良いと考えますという意見が出ると、「もう一度来月初めに会合を」と社長が今日の会合の閉会を告げ、「次回にはメリットをいくつか紹介するから」の言葉で終わった。
ロビーに出てから社長と二人で話し合った佳苗だが、夫がこれほどこの企画に固執する意味が理解出来ずに困惑しており、夫婦で妥協することが難しいことを絶対に無理という考え方が生まれていた。
5年ほど前に同じように意見が分かれることがあった。その時に二人で京都旅行に行って立ち寄ったある場所で夫の考え方がそれまでと嘘みたいに転換したことがあった。
その場所は京阪電鉄の出町柳駅から乗り換えた「叡山鉄道」で行った「岩倉駅」の近くにある天台宗寺門派の「実相院」で、紅葉の時期に行くと「床もみじ」という磨かれた黒光りの床に紅葉が移って見えるという現象で、「物事を見る固定観念も変えると異なる世界が見えるなあ」と感慨深い体感をしたみたいで、その後すぐ近くにあった「岩倉具視」にゆかり深い住宅や、岩倉駅のすぐ近くにあったしゃれた蕎麦処「八丁庵」に立ち寄った時は暖かい蕎麦を食べながら、冷えたビールを飲むと信じられない新しい発想を思い付き、それは戻ってからすぐに具現化されて現在まで好評を博している。
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