サービスとは難しいものである。ホテルや旅館を利用されるお客様の考え方で評価が大きく変わってしまうからで、お客様の我儘を何でも対応しようと積極的に取り組んだホテルが、一方通行的な押し売りサービスだと不評になったケースもあり、逆に「ご自由におくつろぎを」をテーマに謳っていたら、「放置されている」「手抜きだ」と口コミサイトに書き込まれていたケースもあり、これらは提供する側の永遠の悩みとなっている。
人気の観光地で中規模な旅館の女将をしている佐弥香は、数日前に出掛けた1泊の観光旅行のことを思い出していた。2か月に1回だけ「一人旅」で出掛けるのだが、ネットで調べるのはエステがあるかどうかの確認。女性の一人旅を歓迎する企画を打ち出しているホテルは高レベルなエステを提供していることが多く、自身の旅館でもそんな企画をしているところから体験を兼ねた旅としてあちこちへ出掛けていた。
今回利用したホテルは大規模な施設で、フロントでチェックインをするとすぐにバッグを持ってくれた女性スタッフが部屋まで案内してくれたのだが、エアコン、テレビ、冷蔵庫、バスルームなどの説明から始まり、窓から見える景観まで丁寧に解説してくれるものだった。
もしもリピーターだったらどうするのだろうか。そんな疑問を感じた佐弥香だったが、スタッフの如何にもマニュアル的な所作に違和感を覚えたのも事実だった。
サービス業のスタッフは基本的なマニュアルを叩き込むが、家庭や学校に於けるこれまでの生活環境に左右されることも事実で、お客様側から感じることで最も大切なことは「一生懸命」に対応してくれているということに尽きるだろう。
あるセミナーで講師が言ったことが印象に残っている。それはスタッフの犯したミスに上司が謝罪に参上した際の出来事だが、上司は芝居染みた涙を流して謝罪したので成功したと思い、帰社してから「チョロいものだ。ちょっと涙を流したら」なんて自慢話をしていたら、相手側からトップに電話があり「あんな軽い人物に謝罪させているような企業は最低だ」と怒りを倍加させたというものだった。
誠意というものは絶対に芝居的に通じるものではない。そこそこの大人となればそれがどんな心情で見せている状況かぐらいは理解出来るのも常識。それが分からずに軽率な二流芝居を見せたら、相手側はバカにされているように思えて腹立たしくなるのは当たり前である。
謝罪とは想像を絶するエネルギーを必要とする問題である。「申し訳ございません」という言葉は何も返す言葉がない状態をいう意味だが、その言葉を発して言い訳をしているケースが多いので滑稽である。
佐弥香は謝罪することが大嫌いである。だからこそミスをしないようにスタッフに求めているのだが、その日のすべてのお客様のチェックアウトが済んで後ろ姿をお見送りした時、どっと疲れを感じるのが女将という立場であると思っている。
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