君枝が女将をしている旅館があるのは山間地だが、冬の季節に3回ぐらい積雪になることもあるが、夜半から振り出して朝方に雪景色だったということでも、最高でも5センチ程度なので日差しによって融け出すようなレベルである。
そんな積雪でもチェックアウト時に駐車場から出発されるお客様の車が大変で、玄関までの坂に積雪があると滑り易くて危険で、下の所に停めていただいてお荷物をスタッフが運ぶようにしていた。
副支配人がいつもお客様と一緒に駐車場まで行き、積雪部分にタイヤが乗った際に空転させないようにハンドブレーキを半分機能させるようなテクニックをアドバイスしていたが、同じ温泉地の他のホテルや旅館でこの空転問題で混乱していても、お蔭で当館では玄関の坂問題以外では起きていなかった。
温泉地内の道路は積み立てられていた予算で10年前に完成した積雪対策のための中央部分から温泉の湯が流れるシステム工事をしているので問題なく通行出来るし、国道まで行くと通行量が多く、積雪も少ないので運転に差し支えるようなこともなかった。
この道路設備を決議した時は無駄ということから反対意見も多かったが、この温泉地の奥に5キロほど行ったところにある温泉地がすでに実施していることもあり、競争意識もあって決行することになった経緯もあった。
最寄り駅に常駐しているタクシーや路線バスは山間部を走行するところから冬季は早目に冬用タイヤを装着しているが、君枝の旅館の送迎ワゴンやマイクロバスも早目に装着するようにしていた。
この温泉地は古くから知られており、地元の高齢者から聞いた話では昔はもっと雪が積もった事実があったそうだが、地球温暖化の影響か昭和の終盤から平成の時代に入って昔のような積雪は一回も記録されていないと教えられた。
君枝の旅館でチェックアウト時に行っている冬場のサービスがある。それはペットボトルとクッキーのプレゼントで、それを始めたきっかけはニュースで知った国道での渋滞による車内での夜明かしだった。
暖房のための燃料の問題や、水や非常食の備えは重要で、出発されたお客様が向かわれる次の目的地が不明であっても、万が一に備えて提供しておくことは君枝自身の心の安堵からもあった。
実際にこれで感謝された出来事も起きている。次の目的地へ向かわれた観光客のご夫婦が爆弾低気圧による記録的な猛吹雪に遭遇され、スリップしたトラックが横転してしまって渋滞に巻き込まれて車内で心細く8時間も過ごされたそうだが、その時にペットボトルのお茶とクッキーがどれだけ有り難かったかとお礼状が届いたからだ。
それからは社内会議で冬場に車で来られたお客様にはチェックイン時に雪道のテクニックや備えについてのプリントを制作してフロントでお渡しするようにしているが、この内容にアドバイスをして貰ったのは女将仲間で交友関係にある信州の温泉旅館で、送って貰った資料には雪道の走行に関する知らなかったことがいっぱい掲載されており、「これ、よい土産になったよ」と喜ばれるお客様も少なくなかった。
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