紀代子が女将をしている旅館にはユニークなサービスがある。都心にある大規模ホテルなら当たり前だが、辺鄙な山間地の温泉旅館では珍しいものである。
部屋のテーブルの上には提供出来るサービスや観光地の案内資料もあるが、最終ページに「クリーニングを承ります」とそれぞれの良心的な価格が表記されており、このサービスをスタートする時に想像しなかった利用があるのでびっくりしている。
旅行に来られた方には1泊だけという方もあるが、数日間の行程でスケジュールを組まれている方もあり、下着や靴下などを依頼されることが多いのである。
専用のリネン室を設けて経験のあるスタッフを募集して始めたサービスだが、男性のカッターシャツや女性のブラウスなども結構多く、依頼を受ける際に「ホテルみたいね」と言われることが面白い。
全国的に知られるホテルのクリーニングサービスについて社長である夫から聞いたことがあるが、スーツなどはボタンを銀紙で包んでドライクリーニングすることもあるし、全てのボタンを外して対応し、クリーニングが終わってから付け直すこともあるそうで驚きである。
糸が弱って外れそうなボタンをしっかりと直しておくサービスも喜ばれ、チェックアウト時に感謝の言葉をいただくこともあるが、心地良く過ごしていただき、気持ちよく旅を続けてくださったらという紀代子の思いをかたちにしたサービスであった。
お客様の中には部屋の浴室で洗濯をされる方もおられるが、そんな方のために洗剤の用意もあることを案内しているのだが、これも結構ご要望が出ている。
この温泉は飲用も可能で、大浴場には専用のコーナーも設置してあるが、そこには清潔イメージの重要性から使い捨ての紙コップにしている。
大浴場の脱衣場には温泉の成分の説明や効能を表記しているが、禁忌要項についても重要で、特に飲用に関しては詳しく目立つように工夫している。
自然の恩恵から生まれる温泉だが、その成分が微妙に変化する事実もあるので定期的な検査確認も大切だが、毎日清掃を担当しているスタッフの目視も重要で、それらは日々の源泉の色の変化や温度について報告義務を課している。
清掃を担当しているスタッフは高齢で、もう勤続40年になるが、彼の経験から興味深いことが伝えられている。それは震度を体感するような地震があると変化することが多いということで、彼はテレビのテロップの地震速報で震源地が近いことを知るとすぐに確認のために源泉のチェックを行っている。
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